私は、10代から20代にかけて数年間にわたってジャーナリングを続けた経験があります。そしてジャーナリングがきっかけとなり、20代で見性体験(真我体験・ハイヤーセルフとの繋がり)を経験するに至りました。
ジャーナリングというと「日記を書くこと」と思われがちです。けれども単に「書く」という「記録」ではなく、内面を観察する「瞑想的な実践」になるんですね。
この記事では、ジャーナリングと瞑想との関係、やり方・効果・使いやすいテーマ・注意点を、私自身の体験とあわせてお伝えします。
目次 非表示
- ジャーナリング瞑想とは?|「書く瞑想」ともいえる実践
- 私が実践した「書きなれノート」と見性体験への道
- 2つのジャーナリング瞑想|心を解放する&ハイヤーセルフに至る
- ジャーナリング瞑想の5つの効果
- ジャーナリング瞑想のやり方|心を解放する4つのステップ
- ジャーナリング瞑想における問いかけ・テーマとは?
- ハイヤーセルフ(真我)に達するジャーナリング瞑想のやり方|善悪の識別力を育てる
- ジャーナリング瞑想は朝と夜どちらがよいか?
- ノートはどう選ぶか?|手書き?デジタル?
- ジャーナリング瞑想がうまくできないとき
- ジャーナリング瞑想における5つの注意点
- まとめ|ジャーナリングは「書く瞑想」であり、真我への道になりうる
ジャーナリング瞑想とは?|「書く瞑想」ともいえる実践
ジャーナリング(Journaling)とは、自分の思考・感情・気づきをノートや紙に書き出す実践のことをいいますよね。スピリチュアルや心理学では「書く瞑想」と言われています。
瞑想が「座って気づく」実践とすれば、ジャーナリングは書きながら気づく実践といえます。頭の中だけで考えていると、思考や感情に巻き込まれやすいですが、書き出すことで、少し距離を置いて自分の内面を観察しやすくなります。
つまり、冷静になって自己を見つめやすい、それがジャーナリング(書くこと)ということですね。
ジャーナリングと日記の違い
ジャーナリングと日記はよく混同されますが、しかしそれは表面的な受け止め方ですね。そもそも目的が異なります。
- 日記・・・その日の出来事・行動を記録するもの
- ジャーナリング・・・内面の観察・感情の整理・気づきを目的とするもの
- 瞑想的ジャーナリング・・・書きながら自分の心の動きに気づき、観察していく実践
日記は「何があったか」を書く行為ですね。しかし、ジャーナリングは「今何を感じているか」「なぜそう反応したのか」「本当はどうしたいのか」といった自分の心に気づいて書くことになります。
さらに自己の心を感じる・観察することにウェイトを置くと、書く瞑想(瞑想的なジャーナリング)になります。
書くことで、思考・感情と距離が生まれる
ジャーナリングを瞑想が深く関係しているというのは、書くことによって「観察者の視点」が生まれやすいという点にあるからです。
私自身の体験から言えば、書くという行為を続けていくうちに、ある重要な気づきがありました。それは、書いている自分には、必ず「書く視点・スタンス」があるということです。
不安な心理状態をベースに書いていると、自己分析も不安に染まっていく。逆に、フラットな視点から書くと、同じ悩みでも全く異なって見えてくる——この発見は当時の私にとって驚くべき大きな転換点になったものです。
悩み、苦しみ、心配するのは、そういうモードにハマって、悩みと一体化しているからです。フラットな視点・スタンスに立てば、とたんに悩みや心配に距離を置くことができます。
ジャーナリングは、そのフラットな視点を見つけ、育てる実践なんですね!瞑想観察の視点を身につける練習です。
実際、後に瞑想の「気づきの瞑想(ヴィパッサナー)」を知るようになりますが、その時、「それ、ずっとやっていたよ!」と仰天したほどでした。
ジャーナリングをしている際の視点の存在を自分で知り得たわけですが、この視点の発見と瞑想の本質は同じだったことには驚きました。
得手不得手があるかもしれませんが、瞑想的なジャーナリング(書く瞑想)は、実際の観察瞑想、自己観察に大いに役立ちます。
観察瞑想の意味と効果|気づきの瞑想のメリットと本質
観察瞑想のやり方|体・感覚・心の観察で大事なこと
私が実践した「書きなれノート」と見性体験への道
私がジャーナリングを始めたきっかけは、10代の頃に読んだ国語学者・大久保忠利さんの「文章の切れ味」という著書に「書きなれノート」という実践でした。

「書きなれノート」とは、自分が思っていること・感じていることを、なんでもコトバにして書き出す自由ノートなんですね。ただし次の三つのルールがあります。
- わかりやすく書く
- 論理的に書く
- 毎日書く
日記とは異なります。出来事の記録ではなく、自分の内的感覚・思考・感情を、できるだけ精妙に言語化・構造化する訓練です。
最初は大変でした。でもだんだんと楽しくなっていきました。論理的に書こうとすると、思考の構造を考えるようになります。内的感覚を構造的に表現しようとすることで、心の仕組みが自覚できるようになっていきました。
1984年11月から1986年5月まで、約2年半継続しました。200ページの大学ノートを含めたノートが20数冊になったほど書き続けました。
ちなみに大久保さんの「書きなれノート」は、本質はジャーナリングと同じなんですが、「論理的に書く」点は異なります。瞑想的な観点からいえば、ジャーナリングのほうがいいですね。

書く視点・スタンスの発見~最大の気づき
書き続ける中で最もインパクトのある気づきが訪れました。それが「書く視点・スタンスの発見」です。
どういうことかというと、書いている自分には必ず「立ち位置」があります。不安な心理状態をベースに書けば、文章も不安色に染まる。心配がベースなら、書いた内容もその心配カラーを帯びる。逆に、フラットな視点から書くと、中立的な内容になってくる。
書く視点・スタンスによって、文章の内容が全く違って見えてくる。
これは大発見でした。
ちょっと聞いただけでは当たり前に聞こえるかもしれません。しかし、これを無自覚のうちに行っていたわけなんですね。
で、無自覚のうちに不安色、心配色な視点から物事を見ているので、受け取る情報を不安色・心配色でとらえてしまう。また不安色、心配色に巻き込まれてしまう。
悩み、苦しみ、心配するのは、そういうモードにハマって一体化しているからなんだ!フラットな視点・スタンスに立てば、悩みそのものは解決していなくても、悩みとの距離ができ、心がラクになる!
このフラットな視点を見つけ、洗練させ、ゼロ地点を目指してキープしていく——これが、のちに瞑想の「気づきの瞑想(ヴィパッサナー)」の本質と同じだとわかった時の驚きは忘れられません。「それ、ずっとやっていたよ!」と。
そして見性体験へ~書く実践が開いた扉
書きなれノートを続けていた1985年の20才、ベン・スィートランド「自己を活かす」という自己啓発書をたまたま知り得ました。この書を読んでいると「暗く重たいエネルギー自体がよくない」「自己否定感を手放す」という気づきが訪れました。
そうして観察者の視点が「創造主・神」という、高揚感にあふれた視点が望ましいんだということに気づきます。
そして1986年の年の瀬、書店で立ち読みをしている最中に一瞥体験(見性体験・真我体験)が起きました。
その瞬間、16歳から疑問だった「慈悲とは何か」「善とは何か」「徳とは何か」「神とは何か」——すべてが体感としてわかったものでした。宗教書に書かれていることは、すべて啓示や体験の言語化だとわかりました。
ジャーナリングを通じてフラットな視点を育て、思考と感情を観察し続けた積み重ねが、真我体験への土台となっていたと今では確信しています。「書く瞑想」は、決して浅い実践ではありません。観察瞑想そのものです。
2つのジャーナリング瞑想|心を解放する&ハイヤーセルフに至る
ジャーナリング瞑想には、実は2種類あります。このことはほとんど言及されていません。私自身が発見したこと、気づいたことになります。
それは、
- 心を解放するジャーナリング瞑想(入門向け)
・・・判断を入れずにあるがままに書き出す - ハイヤーセルフ(真我)に達するジャーナリング瞑想(上級者向け)
・・・善悪の識別力を交えて心に浮かぶことを書き出す
2つがあることなんですね。
この2つは最初のステップが異なるだけです。「あるがまま」か「善悪の識別力」かということ。
くわしいことは、以下に書いてまいりたいと思いますが、まず、ジャーナリング瞑想には2種類あることを知っておいてください。
このことを知りませんと、混乱したジャーナリング瞑想をしてしまうことも出てきます。
ジャーナリング瞑想の5つの効果
ジャーナリング瞑想には5つの効果があります。
- ①言葉化することで思考や感情が整理され落ち着くようになる
- ②自分の本音や反応のパターン・構造に気づく
- ③観察者の視点が育つ
- ④言語化の力が育まれ思考が深まる
- ⑤善悪の識別力を育む
①~④は心を解放するジャーナリングにが該当します。⑤はハイヤーセルフ(真我)にいたるためのジャーナリング瞑想に該当します。以下に具体的にお話ししてまいりたいと思います。
①言葉化することで思考や感情が整理され落ち着くようになる
書き出すことで、頭の中や胸の内、お腹の中でぐるぐると渦巻いていた思考や感情、まとまらずに混乱していた思考や感情が、言葉化されることで落ち着くようになります。
言葉化された思考は、一つの物体(思考物体)のように、少し距離を置いて見ることができるようになります。この時点で、心にも少し余裕が生まれます。
しかも頭の中や胸、お腹の中で「もやもや」していたものが言語化されることで、その正体も見えやすくなります。これがジャーナリングの大きな効果の一つですね。
②自分の本音や反応のパターン・構造に気づく
同じ状況でも人によって感じ方やとらえ方は違いますよね。なぜ自分はそう感じたのか、受け止めたのか、解釈したのか、あるいはどこにどう反応しているのか。
こうした思考の特徴や感情の反応に対してジャーナリングを続けることで、自分固有の思考・感情のパターンが見えてくるようになります。
つまり自分の認知における構造が見えてくるようになるわけですね。
これは自己理解を深める上で非常に重要な気づきです。
③観察者の視点が育つ
ジャーナリングで最も深い効果の一つは、自分の思考・感情を観察する視点が育まれることです。
書き続けていくと、「書いている自分」と「書かれている内容(思考・感情)」の間に自然と距離が生まれます。これはまさに瞑想における「観察者の視点」と同じものです。
私の体験でいえば、このフラットな視点を日常でも意識するようになり、これを続けた延長に、見性体験(真我体験)が訪れたと理解しています。書くという実践が、「瞑想的な観察の眼」を育てていました。
なお観察する視点を「メタ認知」とする向きもありますが、メタ認知にはリスクがありますので、注意されるとよいかと思います。私は自分の経験上、自分から離れたところに視点を設ける「メタ認知」では、見性体験には至りにくいのではないかと思っています。
⇒解離性のメタ認知的なやり方はよくない|ハイヤーセルフ(真我)に気づく5つのポイント
⇒自己観察瞑想|ハイヤーセルフと繋がる瞑想とは?
⇒あるがまま瞑想でやってはいけないこと|いまここ・気づきの瞑想のやり方
④言語化の力が育まれ思考が深まる
あとジャーナリングは、自分の内的感覚を言語化する行為でもあって、この実践をし続けていると、心や思考を言語化するのが巧みになっていきます。また思考の構造性を見抜く力もついてきます。
たとえば「なんとなく嫌だ」と思ったならば、「なぜ嫌なのか、どこが嫌なのか、どうすれば解消できるのか」という具合に論理的・構造的に展開していくことができるようになります。
で、これらの洞察そのものが心を感じて思考に気づく練習になり、洞察力そのものを磨いていくようになります。
深く考えられない人は、圧倒的に言語化・文章化する量が不足しているといわれます。自分の考えをアウトプットし続けることで、思考はどんどん深くなっていきます。
これは大きなメリットであり、地頭をよくすることにもなります。ジャーナリングでは見落とされがちな効果ですが非常に重要だと思っています。
⑤善悪の識別力を育む
ジャーナリング瞑想によってハイヤーセルフ(真我)に達することもできます。で、この場合では、識別力(善と自我を見分ける識別力)が大事になります。
頭や胸、お腹に感じる思考や感情を言葉化する際に、
深い平安・純粋な喜び・高次意識への憧憬——これらは「善・真我・ハイヤーセルフから来る感覚(慰め)」
不安・混乱・焦り・執着・自己顕示欲——これらは「自我・エゴから来る感覚(荒み)」
このように心、思考、感情を分別していきます。内面に二種類の動きがあることが感じられるようになります。
スピリチュアルでは一般的に「善悪を分別しない」としています。が、これはマインド(知性、エゴ)による分別を指しています。
しかし分別には高次意識がもたらす分別があります。これを叡智といっていますが、上記のトレーニングで培うことができるんですね。
もっといいますと、ジャーナリング瞑想や観察瞑想で培われる「フラットな視点」「中立的な視点」の背後には、「善悪の識別力」が無意識のうちに作用しています。これを「霊性」といいます。
「フラットな視点」「中立的な視点」は霊性に根ざしている必要があるんですね。
この分別力はイグナチオの霊動弁別が代表的になりますが、原始仏教では択法覚支(ちゃくほうかくし)ともいっていて、古来から叡智に基づく分別として重要視しています。
善悪の識別力をナチュラルに培い、身につくことで、高次意識(ハイヤーセルフ、真我)に開かれやすくなります。
このことは一般的なジャーナリングでは言及されていませんが、私自身の実体験からの所見になります。
くわしいことは以下の記事をお読みになってください。
ジャーナリング瞑想のやり方|心を解放する4つのステップ
では「心を解放する」ジャーナリングの具体的なやり方について自分の経験も踏まえてご説明します。以下の4つのステップで行っていくのがセオリーです。
- ①今の気持ちをそのまま書き出す
- ②浮かんだ思考や感情を止めずに書き続ける
- ③書いた内容を少し距離を置いて見つめる
- ④問いを立てて深掘りする
①今の気持ちをそのまま書き出す
まず、今この瞬間に感じていることを、評価や修正なしにそのまま書き出します。
で、このときに「うまく書こうとしない」ということですね。また必ずしも論理的でなくてOKです。「なんとなくモヤモヤする」でも「理由はわからないけど疲れた感じがする」でも、そのままを言葉にします。
ポイントは「正しく書こうとしないこと」です。誰かに見せるものではありません。評価・ジャッジなしに、今の自分の状態をそのまま言葉化するのが最初のステップです。
この「そのまま書き出す」ことによって、心の中にある感情や、モヤモヤとした思考を、言語化を通して解放していきます。
これが解放をうながすジャーナリング瞑想の要点にもなります。
②浮かんだ思考や感情を止めずに書き続ける
書き始めると、次々と思考や感情が浮かんできます。けれどもそれを止めようとしないで、浮かんできた諸々をできるだけ、その順番まま書き続けていきます。
で、途中で「これは関係ないかも」と思っても止めないことです。「こんなことを書いていいのか」と思っても止めない。
止めずに書き続けることで、普段は意識に上ってこない深い層の感情や思考が出てきやすくなります。
③書いた内容を少し距離を置いて見つめる
ある程度書いたら、少し間を置いて書いた内容を読み返します。このとき重要なのは、批判・評価をせずにただ「観察する」ことです。
「ああ、こんなことを感じていたのか」「ここに引っかかっていたのか」と、第三者が他の人の文章を読むように眺めます。これが「書く瞑想」の核心部分です。観察者の視点が育まれる瞬間です。
④問いを立てて深掘りする
観察した上で、さらに深めたい場合は質問を立てます。
「この感情の奥には、どんな願いや恐れがあるか?」「本当はどうしたいのか?」「今の自分に必要なやさしさは何か?」
こうした問いかけへの答えを書いていくことで、内面の観察がより深まります。
ジャーナリング瞑想における問いかけ・テーマとは?
ジャーナリングを行う4つのステップの最後では「問いを立てて深掘りする」としています。
問いかけがわからない場合
ところが、この問い・質問の際、「何を書けばいいかわからない」というときがあるかもしれません。
実のところ、この「問い」「質問」の本質は、ジャーナリングで言葉化したことを深掘りするきっかけ作りだったりします。本心、本音をつかむ行為ですね。
「今、自分が感じていること、心、思考、感情、頭の中でグルグルしていること、胸の中でザワザワいるもの、お腹の中でモヤモヤしているもの」をさらに深くみつめていくわけですね。
これによって自分の本心、本音を把握しやすくなります。で、ここに至るきっかけになるのが「問い」「質問」ということなんですね。
本心・本音がわかる問いかけの仕方
自己の本心、本音を知るためのには、たとえば次のような問いをしてみるとよいかと思います。
・今、何を感じているの?
・何が気になっているの?
・どんな感情がうごめいているの?
・体のどこかに緊張や重さを感じる?(頭?、胸?、お腹?、のど?、背中?)
・なぜその思考や感情にとらわれているの?
・この思考や感情の奥には、どんな願いや恐れがあるの?
・本当はどうしたいの?
・何を手放したいの?
・今の自分に必要な心や考えは何?
・今、できることを一つだけあげるとすれば何?
・自分の中にある「素敵なもの」は何?
このような問いかけ、質問を通して、思いつくままに書き出していきます。くどいようですが、文章の上手下手は関係ありません。
頭や胸、お腹にある諸々が猛スピードでかけめぐることもありますが、それらを言葉化していきましょう。
もし書くことが思い浮かばないときは、「今、書くことが思い浮かばない」とそのまま書いてください。その「思い浮かばない」こと自体が観察の対象になります。「なぜ、思い浮かばないの?」といったテーマになります。
ハイヤーセルフ(真我)に達するジャーナリング瞑想のやり方|善悪の識別力を育てる
ハイヤーセルフ(真我)に達するジャーナリング瞑想のやり方は、「心を解放するジャーナリング瞑想」のやり方とほとんど同じです。
ただ一点だけ異なるところがあります。それが「善と自我を見分ける識別力」を踏まえながら書いていくことになります。
「心を解放するジャーナリング瞑想」では、ジャッジ(判断)を一切入れずに、ひたすら書き出していきます。
ところが「ハイヤーセルフ(真我)に達するジャーナリング瞑想」では、「善と自我を見分ける識別力」を踏まえて、磨きながら書き出していきます。
で、実践を続けていく中で、ナチュラルに善悪の識別力を踏まえながら、自己の中にある思考や感情を書き著していきます。
このときの文章は、自然な感じで「中立性」を帯びた書き方になっています。そうです、この有り様こそ、観察瞑想が進んだ状態なんですね。「中立的な視点」がしっかりと身についた状態です。
で、さらに、その「中立的な視点」が、神聖を帯びてくる、つまり「創造主、真我、神」といった高次意識の波動をまとうようにしていくと、さらにその「中立的な視点」がしっかりとしてきます。
善悪の識別力が無自覚のうちにうごいている「フラットな視点」「中立的な視点」ということになります。
これは私の実体験に基づくやり方です。このやり方で高次意識(ハイヤーセルフ、真我)に開眼します。
ジャーナリング瞑想は朝と夜どちらがよいか?
ところでジャーナリング瞑想は「朝と夜どちらがよいか?」という疑問が出てくるかもしれません。結論からいえば、あまり気にしないで書けるときに書けばOKですね。
ですが、朝と夜とではモードが違っていますので、その点についてご説明したいと思います。
朝のジャーナリング
朝のジャーナリングは、起床まもなく心がスッキリしてリセットされた状態なことが多いですね。
前日の感情の澱(おり)を整理したり、今日の意図を言語化したりするのに向いています。朝のうちにフラットな視点を整えることで、その日一日の心のベースラインが安定しやすくなります。
ただし、自己の心を深く見つめることで、新鮮で明るい気分を損ねる場合もあります。無意識のうちに自己の心を深く見つめることにブレーキを踏むことも起き得ます。
朝が合っている、朝のほうがやりやすいという方は、朝にジャーナリングをするのがおすすめです。どちらかといえば、ライトにジャーナリングをする時間になります。
夜のジャーナリング
夜のジャーナリングは、その日に積み重なった思考・感情・出来事を振り返るのに向いています。
一日の終わりに書くことで、思考や感情を整理しやすくなります。自己を深く見つめることで、いっそう思考と感情も整えられることも多くなります。これによって深い睡眠にいたりやすくなる効果も報告されています。
ただし、夜、自己を深掘りしますと、人によってはかえって心の澱(おり)が気になってしまって、熟睡できなくなる場合も起き得ます。
ジャーナリングは朝でも夜でもOK
朝でも夜でもどちらでもよいですが、また昼間でもOKです。毎日行うことでリズムができ、習慣として根づきやすくなります。
時間は5分〜15分程度でOKです。慣れてくれば1時間書くことで深い自己観察ができるようになります。
ノートはどう選ぶか?|手書き?デジタル?
ジャーナリングは紙のノートでも、スマホやパソコンでも行えます。
手書きによるジャーナリング
内面に深く入りたい場合は手書きがいいですね。手書きはスピードが遅い分、思考を追いかけながら言語化するのが上手になりがちです。
しかも書いた文字の大きさや筆圧にも感情が反映されやすく、自己観察としてはおすすめのやり方になります。
ただし、手が疲れる、長時間書き続けるのが大変、後で整理する際にやりにくいといったデメリットはあります。
デジタルによるジャーナリング
スマホやパソコンは手軽に続けやすく、検索・整理もしやすい利点があります。パソコンのワープロ(ワード)を使って、タイピングしながら文章を作成しても、ジャーナリングができます。
デジタルによるジャーナリングは、後で検索したり、自分の考えや感情を整理する際に役立ちますね。
手書きか?デジタルか?
手書きもスマホ・パソコンも一長一短ですね。
私は200ページの大学ノートを20数冊使いましたが、高価なノートである必要はないんですよね。書くことへの心理的ハードルを下げるため、安価なノートで充分です。
で、今はパソコンのワープロ(ワード)を使っています。手書きもワープロもほとんど違いはないんですね。ワープロで文字化している中でも、思考や感情を整理することもできます。手書きとほとんど変わりません。
ですので今は、どちらかといえば、パソコンのワープロといったデジタルでつづっていくのがおすすめかなあと、個人的には思います。
ジャーナリング瞑想がうまくできないとき
ところでジャーナリング瞑想ができない場合はどうしたらよいのか?そこのことについて整理したいと思います。大体、次の3つが原因になりがちです。
- ①書くことが浮かばない
- ②同じことばかり書いてしまう
- ③続かない・三日坊主になる
①書くことが浮かばない
今日は「書くことが無い」「何も浮かばない」というときもあるかと思います。
こういうときは無理に書かなくてもいいですね^^ジャーナリング瞑想をお休みしてもOKです。
もっとも「何も浮かばない」というのも、実は立派な観察対象になるんですね。というのも「今、書くことが浮かばない」とそのまま書いていくと、意外や意外で、いろんなことが見えてくることもあるからです。
また「書くことが浮かばない」の背後に、何があるかを観察していくと、意外と気づきや発見があったりもします。
②同じことばかり書いてしまう
同じテーマが繰り返し出てくる場合、それは「まだ十分に観察されていない何か」が内側にあるサインですね。
同じテーマが繰り返して生じてくることに、むしろ重要な気づきが隠れています。このサインを見逃さずに、同じテーマを別の角度から書き続けてみてください。
③続かない・三日坊主になる
続かない原因にはいくつかありますが、「ハードルが高すぎること」が考えられます。「毎日10ページ書く」ようにすると苦しくなります。「途中で休むことがでっても書いてみよう」くらいのゆるいルール設定から始めてOKです。
あと、本当は「書くのが嫌(苦手)」「やりたくない」「気が乗らない」という場合もあるでしょう。こういう方は、無理にジャーナリング瞑想をすることなく、ほかの瞑想(座る瞑想、ヴィパッサナ瞑想、観察瞑想、自己観察)を行うのがおすすめです。
ジャーナリングは、「書くのが好き」な人には最適な手法です。
ジャーナリング瞑想における5つの注意点
ジャーナリング瞑想を行うにあたっては、以下の5つに注意する必要もあります。
- ①つらい感情を深掘りしすぎない
- ②書いた内容で自分を責めない
- ③書いた後は身体感覚や呼吸の瞑想を行う
- ④ネガティブな内容ばかりを書き続けない
- ⑤根拠の乏しいことを原因に帰さない
①つらい感情を深掘りしすぎない
ジャーナリングはトラウマや深い悲しみを扱う場合、かえってつらくなることがあります。無理に深掘りせず、書いていてつらくなったら止めましょう。それ以上の深掘りは禁物です。
トラウマや深い悲しみがある場合は、セラピーや専門家のサポートもおすすめです。また当方でおすすめしているヒーリングもおすすめです。
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瞑想だけでは、トラウマや深い悲しみは解放できないことも多いんですね。これが事実なんです。いたずらに瞑想だけにこだわって解放することはお止めになったほうがいいと思います。
深刻な悩みの場合は深掘りすることなく、また一人で抱え込まずに、誰かに相談したりおすすめのヒーリングを受けて、まずはその深い悩みそのものを解放していくことがおすすめです。
②書いた内容で自分を責めない
書き出した思考や感情は、「今の自分の状態の観察」であり、「自分の評価」ではないんですね。ここはよーく腹落ちさせてください^^
ネガティブな感情が出てきても、「そういうもんなんだなー」と軽く流せるくらいが望ましいんですね。それを「こんな自分はダメだ」という自己否定に使わないことに注意するようにしてください(こうした心がけそのものが大切、効果も出てくるようになります)。
書いた内容は観察の材料であって、裁判の証拠でないことは心得てくださいね。
③書いた後は身体感覚や呼吸の瞑想を行う
ジャーナリングは言語・思考を使うため、頭が活性化しやすくなります。書き終えたら、通常のあるがまま・いまここ系の瞑想を行うのがおすすめです。
身体の感覚を感じる瞑想(ボディスキャン)、呼吸を見守る瞑想(アーナ・パーナ・サティ)を行うのがおすすめです。書く瞑想の後に座る瞑想を行うことで、より深い効果が得られます。
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④ネガティブな内容ばかりを書き続けない
問題点や不満ばかりを書き続けると、エレメンタル(想念体)として固定化しやすくなります。いわゆる否定的な想念体ですね。これが固定化してしまった、ブロックを形成してしまうことが起き得ます。
川の底を掘り返すことで、泥が浮き上がり、かえって苦しむなることも多々あります。
ネガティブな心に気づいても、深掘りし過ぎない、そのままにしておけるということも大事ですね。ジャーナリングがより健全な実践になります。
⑤根拠の乏しいことを原因に帰さない
また原因を、自分では確かめられない「過去世の業」とか「先祖で浮かばれていない霊」「悪因縁」「ゲートが閉じるのに間に合わなかったから」などの迷信に帰するのは止めたほうがいいでしょう。
苦しみや悩みの原因の一つは、観念・迷信・思い込みです。スピリチュアルには確認できない思い込み系としての観念が多くあります。これらに注意しましょう。
ジャーナリング瞑想は、こうした心や思考に気づくことで、心を解放するのが目的になります。ですので、心を惑わせたり、濁すやり方には気をつけるようにしましょう。
で、「善悪を分別する識別力」が大事なのは、心を惑わせたり濁らせないためにも役立ちます。
まとめ|ジャーナリングは「書く瞑想」であり、真我への道になりうる
ジャーナリング瞑想は、難しい技法も特別な道具も必要ありません。ノートとペン(またはスマホ)があれば、今日から始めることができます。
大切なのは次の三点です。
評価せずにそのまま書くこと。書き出すことで内面の観察が始まり、心が解放されるようになります。高次意識に向けては「善悪の識別力」も必要になりますが、まずはジャッジしないで書き出すことが大切です。
フラットな視点・スタンスを育てること。悩みと一体化するのではなく、観察する視点に立つことが瞑想的ジャーナリングの核心です。「善悪の識別力」がナチュラルに育まれてくると「中立的な視点」が生じてきます。
毎日少しずつ続けること。書き続けることで、思考と感情のパターンが見え、内面の自己観察の眼が育っていきます。
私自身が数年間のジャーナリング実践を経て見性体験に至ったように、書く実践は決して浅いものではないんですね。真摯に続けることで、思考・感情を超えた「観察者の視点」が育ち、それがやがてハイヤーセルフ(真我)への気づきへとつながっていきます。
ジャーナリングは、瞑想会での座る実践とともに、日常の中に根づかせることができる「書く瞑想」です。「自分に合っているなあ」「書くのは好きだ」という方は、ぜひ今日から書き始めることをおすすめいたします。
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霊性(スピリチュアリティ)とは何か|瞑想実践に欠かせない感受性・善性・正見
