瞑想はあるがまま・いまここ瞑想から始めるのがおすすめ
お伝えしている瞑想は、観察瞑想、いまここ瞑想、プレゼンス瞑想、あるがまま瞑想、気づきの瞑想などなど、いろんな言い方ができます。
しかし一般的に思われている「瞑想のイメージ」とは異なりますので、戸惑うことがあるかもしれません^^;
けれども、これが本当の瞑想なんですね。
といいますか、いきなり何らかの対象に集中しようとしない。
まずは「気づく」というところから始めていきます。
で、「本当の自分」「生命本来」に立ち戻っていくようにします。
これが一里塚。
名色分離智(プレゼンス)といいます。
しかも瞑想のプロセスのほとんどは「解放」「浄化」になります。解放・浄化を経て、「本当の自分」「生命本来」に立ち戻っていきます。これが肝要。
最初から何か特別な境地に入ろうとか、集中状態を作ろうとか、無になろうとか、そういうことではないんですね。
むしろ、今起きていることにやわらかく気づきながら、余計なものがほどけ、生命本来に立ち戻っていく。そのような流れになります。
まずは「気づく」ところから始める
現代人は思考が強く、考え・観念・意味づけが先に立ちやすいところがあります。
ですので、いきなり強い集中をかけるよりも、まずは「気づく」「見守る」「受け止める」ところから始めたほうが、かえって本筋に入りやすいんですね。
ここでいう気づきは、頑張ってつかまえにいくというより、やわらかく受け止めてしまう感じです。
この入口がとても大事です。
名色分離智(プレゼンス)が一里塚になる
「本当の自分」「生命本来」に立ち戻っていくうえで、一つの大事な目安になるのが名色分離智(プレゼンス)です。
自分の思いや感情、考え、身体の感覚、外界の出来事などを、ベッタリ一体化して受け止めるのではなく、少し見えてくる、少し距離が生じてくる。そうしたことが起きてくる一里塚なんですね。
このことが実際に起きてきますと、ある種の身体感覚をともなうようになります。
瞑想の大半は解放と浄化のプロセス
瞑想というと、何かを積み上げていく、特別な力を得ていく、神秘的な体験を増やしていく、そういうイメージを持つ方もいます。
けれども、お伝えしている瞑想は、実際には逆になります。
瞑想の大半は解放と浄化です。
余計なものが落ちていく。とらわれが減っていく。緊張がゆるんでいく。思い込みが薄れていく。そのような過程の中で、生命本来が自然に色濃くなってくるんですね。
瞑想によって本当の自分に立ち戻っていく
で、「本当の自分」「生命本来」とは、やわらかく、やさしく、慈しみにあふれていて、静かで落ち着いていて、ほっこりして、微笑んでいる、生き生きとしている、力強いといった有り様なんですね。
これらが渾然一体となったエネルギーとして誰の中にもあります。で、これが開眼していく、色濃くなっていくプロセスが瞑想になります。
でありながら、意図的に作ろうとか、なろうとかしません。
自然であり、自然に開けてくるアプローチで取り組んでいきます。
一般的に思われいる瞑想とは、イメージも違いますし、プロセスも違うんですね。
ですので戸惑うことが多く出てくるかもしれません。
本当の自分・生命本来とはどんな状態か
ここでいう「本当の自分」「生命本来」は、観念で作った理想の状態ではありません。
もっと実際的なものです。やわらかい。落ち着いている。ほっこりしている。過剰に反応しない。どこかに余裕がある。やさしさや慈しみが自然に出てくる。
そうしたのが渾然一体となった状態であり感覚です。
そして、これは誰か特別な人だけに備わっているものではなく、もともと誰の中にもあるんですね。
意図的に作ろうとしないことが大切
ここで多くの方が勘違いしやすいのは、「やさしくならなければ」「落ち着かなければ」「こういう状態にならなければ」と意図的に作ろうとしてしまうことです。
けれども、意図的にやりすぎると、むしろ観念的になってしまいます。
この実践では、無理に作るのではなく、あるがままで、いまここで、気づきをともなって続ける。
すると、結果として、こうした生命本来の有り様が開けてくるんですね。
自然に開けてくるアプローチを取る
ですので、お伝えしている瞑想は、DoではなくBeになります。
何かを意図的に操作し続けるのではなく、あるがままにし、気づきをともない、余計な力みを減らしていく。
そうすることで、自然に開けてくるアプローチなんですね。
この感覚は、実際にやってみないとわかりにくいかもしれません。ですが、ここがかなり重要なポイントになります。
挫折率は高いので続けることが大切
それで「あー、瞑想って無理だなあ」「難しそうだな」と思って、止めていく人が実は非常に多かったりします^^;
この瞑想は「続ける」ということがとても大事なハードルになってきます。ですので、口を酸っぱくして「続けましょう」「続けましょう」と言うことになるんですね。
もう「続ける」の一言になってきます。
それで、瞑想を続けている人は、何年も続けてきています。10年、20年続けているような人もいます。
私自身、精神修養の道は40年以上歩んでいますし、試行錯誤、あっちにぶつかり、こっちにぶつかって、それでようやく今では、他の人にもお伝えできるようにはなっていますが、試行錯誤の連続です。
瞑想は続けることが最も大事|続かない理由と続けるコツ
瞑想には意欲・熱意が欠かせない|続けるために必要な精進力とは
なぜ途中でやめてしまう人が多いのか
やはり、すぐに結果を求めてしまうと難しいんですね。
「これで合っているのか」「いつできるようになるのか」「何か変化はあるのか」と未来ばかり見てしまうと、だんだん気持ちが萎えてきます。
また、一般的な瞑想イメージと違うために、「自分が思っていた瞑想と違う」と戸惑ってやめてしまうこともあります。
だからこそ「続ける」が最大のハードルになる
結局、続けることそれ自体が大きな修行なんですね。
すぐに派手な成果が見えなくても、続けていく。未来を思いすぎず、今できることをそのままやっていく。この積み重ねが何より大事です。
本当に、続けた方が果実を味わいます。
長く続ける人は本当に長い
続けている方は、やはり長いです。10年、20年と続けている方もいます。
振り返ると、ああ、もうそんなに経ったんだなあとなります。けれども、そのくらい続けてはじめて見えてくるもの、身についてくるものがあります。
ですので、焦らないことですね。お気楽に、けれども地道に続けていくことです。
大事な「いまここ」
で、観察瞑想、いまここ瞑想、プレゼンス瞑想、あるがまま瞑想、気づきの瞑想は、究極の坐禅にも通じます。
だからおすすめもしています。
「瞑想ができるようになるまでに、どれくらい時間がかかるんだろうか」と考えると、気持ちが萎えてくるかもしれませんが、それ故に「いまここ」なんですね。
未来のことを思い過ぎると、切なくなったり、なんだかなあと思うモードになります。だからこそ「いまここ」モードになって、淡々と続けていくことなんですね。
で、続けていて振り返ると、ああ、もう2年になるんだなあということになったり。
とにもかくにも続けていくことですね。
瞑想ができない5つの原因と対策|初心者がつまずくポイント完全ガイド
未来を思いすぎると萎えやすい
「いつできるのか」「どれくらいで変わるのか」と未来のことばかり考えていますと、今の実践から離れてしまいます。
そうすると、瞑想そのものより、未来への不安や期待のほうが強くなってしまうんですね。
それでは、せっかくの「いまここ」から離れていきます。
だから「いまここ」に戻る
ですので、未来に飛びすぎたら、また「いまここ」に戻るんですね。
今、何が起きているか。今、どう感じているか。今、何にとらわれているか。そこにやわらかく気づいていく。
この繰り返しが実践です。
振り返ると積み重なっている
やっている最中は、あまり進んでいないように感じるかもしれません。ですが、続けていると、あとで振り返ったときに「ああ、あの頃とは違うな」とわかってきます。
ですので、実践中はあまり先ばかり見ず、いまここで淡々と続けることなんですね。
あるがまま・いまここ瞑想で大事なポイント
で、続けるに当たって、航海図が必要です。正しい航海図。適切な航海図。その航海図を、今、ざっと思いつくままに書いていくと、次の通りです。
- 気づきはやわらかく
- 瞑想で、枯れ木のように静寂になっていくのは危険モード
- 瞑想の根底にはやさしさ(慈しみ)がある
- 現代人は思考・考え・思想に注意
などなどが大事な点ですね。しかし実際は一人一人違ってきます。自分一人では気づきにくいポイントもお伝えしています。
航海図を手にしたなら、続けていくことですね。お気楽に、ほほえみながら続けていくことですね。
ということでして、今日も瞑想をしてまいりましょう、続けてまいりましょう
観察瞑想のやり方|体・感覚・心の観察で大事なこと
瞑想の極意「気づき」とは何か|感じる力・感受力の本質「識別」を解説
気づきはやわらかく
気づこう、気づこうと強くやりすぎると、かえってうまくいかなくなります。
そうではなく、やわらかく受け止めるように気づく。
感じてしまう、わかってしまうという方向が大事です。
この「やわらかさ」は実習上かなり重要です。
枯れ木のような静寂は危険モード
静かになること自体は悪くありません。
けれども、枯れ木のように静まり返り、生き生きとした感じややわらかさが失われていくのは危険モードなんですね。
生命本来は、やさしく、やわらかく、慈しみにもつながる性質をもっています。
ですので、冷たく硬い静寂は、本筋からズレている可能性があります。
瞑想の根底にはやさしさ(慈しみ)がある
瞑想の根底には、やさしさ、慈しみがあります。
単に静かになればよいのではなく、心の土台にやわらかさやぬくもりがあることが大切なんですね。
その意味で、あるがまま・いまここ瞑想も、冷たい観察ではなく、やさしさを土台にした実践なんです。
現代人は思考・考え・思想に注意
現代人は、思考・考え・思想が非常に強いです。
ですので、気づきやプレゼンスの実践をしていても、いつの間にかまた頭の世界に戻ってしまうことがあります。
だからこそ、考えすぎていないか、観念にとらわれていないか、思想に巻き込まれていないか。そこに気づいていくことが大切になってまいります。
うまずたゆまずに、続けてまいりましょう!

