瞑想のやり方|初心者でもできる基本手順とコツ【ありのままを実践】

瞑想を始めたいけれど、「やり方がわからない」「これで合っているのか不安」という方。

瞑想は、誰もが内在している天然自然な有り様(霊性)へ立ち返ることです。

そして、その実践の中心にあるのが、「ありのまま」に気づくことです。

「ありのまま」とは、瞑想では「あるがまま」とも表現される在り方であり、「何かを変えよう」とするのではなく、「今起きていることにそのまま気づいていく姿勢」を指します。

この記事では、初心者でもできる瞑想のやり方から、コツ・注意点・継続方法までを、わかりやすく解説します。

瞑想の意味や本質から知りたい方は、あるがままの瞑想も参考にしてください。

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瞑想のやり方|基本の3ステップ

瞑想のやり方は非常にシンプルなんですね。ですが、全体の流れを理解することは大切です。まず、基本を確認してみましょう。

基本の流れ

まずは瞑想の基本です。

  1. リラックスして静かな場所で座る
  2. 呼吸に意識を向ける(瞑想の対象に気づく)
  3. 思考に気づいたら戻る

これだけです。とてもシンプルです。これが瞑想の本質的な実践ですね。余計なことはしないことなんですね。

瞑想のやり方を学ぶ前に知っておきたいこと

で、瞑想のやり方を知るとき、多くの方は「正しい方法を覚えれば、すぐに静かになれる」「やり方さえ守れば、雑念は減っていく」と思いがちかもしれません。

けれども実際には、マニュアル的な理解や暗記では、瞑想はできないんですね。

取り組み方が大切

もちろん基本的なやり方はあります。

リラックスして座る、呼吸に意識を向ける(瞑想の対象に気づく)、思考に気づいたら戻ること。

これらは大切な土台です。

けれども、それ以上に大切なのは、どのような姿勢で取り組むかなんですね。

Do(している)状態に気づく

たとえば、早く結果を出そうとして焦っている状態は、不適切な取り組み方なんですね。

というのも呼吸に意識を向けていても、内心「まだかな」「変化がないな」「うまくできていないな」と評価し操作しているからです。

このような状態は、形として瞑想をしていても、心の中ではずっと「何とかしよう(操作しよう)」としているわけなんですね。

瞑想は操作ではない

瞑想のやり方を学ぶうえでまず知っておきたいのは、瞑想は「自分をうまく操作する技術」ではないということなんですね。

むしろ、操作しようとする「自分の心に気づいていく」ことになります。

心を無理に静かにしようとしない。
雑念を力づくで消そうとしない。
特別な状態を作ろうとしない。

まずは今の自分の状態を「そのまま」見守る。感じる。気づく。

このような「操作しないで観る」という点については、観察としての瞑想でも詳しく解説しています。

やり方以上に重要なこと

この理解があるだけで、瞑想のやり方は変わります。

「こうすれば正解」というよりも「今ここで起きていることに『気づく』」という有り様に変わるからです。

その意味で、やり方は大切です。ですが、やり方以上に力まないこと、急がないこと、評価しすぎないこと何かになろう(作りあげよう)としないことが大切です。

瞑想においては、この土台と理解がありませんと、どんな方法を学んでも、瞑想が苦しくなってしまいます。

なお「力を入れすぎない」「何とかしようとしすぎない」ということは、手放す・何もしないという観点からも理解することができます。

なぜこの3ステップだけでよいのか

「瞑想」と聞くと、「もっと複雑なやり方」「本当は秘密のやり方」があるのではないの?と思う方もいるかもしれませんよね。

たしかに、瞑想には細かな方法の違いがあります。宗教や伝統ごとにさまざまな教理もあります。

けれども、初心者の方が最初に身につけることは、技法の数ではなく、リラックスして気づく(見守る・感じる)ことなんですね。

3ステップに含まれているもの

リラックスして静かに座る。呼吸に注意を向ける。思考に気づいたら戻る。

この流れの中には、瞑想の基本がすべて含まれています。

つまり、身体を落ち着けること、今起きていることに注意を向けること、気づきがそれたら戻ること。

これらができれば、瞑想の土台はできているといえるんですね。

シンプルが最短ルート

多くの人は、瞑想を始めるとすぐに「もっと深く」「もっと静かに」「もっと長く」と考えがちかもしれませんよね。

けれども、最初から高度なことを目指すと、うまくゆきません。しかも「力み」が生じます。無理をしてしまうんですね。

で、その「力み」や「無理」によって、呼吸をコントロールしたり、心と体を緊張させたりして、瞑想を苦しい行為にしてしまいがちに。

ですから、最初はシンプルであることが大切なんですね。

複雑ではないシンプルな手順を、丁寧に、やわらかく繰り返す。

この基本が、実はもっとも近道でして、遠回りをしなくなる歩みになります。まさに「急がば回れ」なんですね。

① リラックスして静かな場所で座る

椅子でも床でも構いません。無理に正座やあぐらを組む必要はありません。

大切なのは「リラックスしつつも、ゆるく意識がある状態」です。

姿勢をピシっとしたり、手の位置や形にこだわると、力んでしまいがちです。無自覚のうちに緊張してしまいます。で、ギクシャクしてしまいます。

力むことなく、背筋を軽く伸ばし、肩や顔の力をスっと抜きます自然にラクに座ってください。

このくらいの自然体がちょうどよい状態なんですね。力まないことですね。

それと完全に静かな環境でなくても大丈夫です。多少の音があっても、「そういうものだ」と軽くスルーできるようにするのも瞑想の一部になります。

リラックスが大事

瞑想ではリラックス・くつろぎが大切です。

ヨーガでは「シャバ・アーサナ(死体のポーズ)」という、仰向けになるポーズが究極と言われているくらいリラックス・くつろぎは重要なんですね。

瞑想でも、力みが少なく、やわらかく、くつろいだ状態を基本(土台)としながらも、気づいている状態になります。

バランスが大切

リラックス・くつろぎといっても、眠気に流されすぎると、ぼんやりして気づきが弱くなります。

逆に、頑張りすぎると緊張が強くなります。

瞑想では、この辺りのバランスが大事になってきます。

とはいっても理屈で理解して行うのではないんですね。理解は必要ですが、実践を重ねる中で少しずつわかるようになります。

弛緩と明晰性

瞑想では「ゆるみ(弛緩)」「明るさ(明晰性)」の両方が必要です。

このバランスは最初から完璧でなくても大丈夫です。

余計なことを考え過ぎずに気楽な感じで実習を重ねていく中で、要領が腹落ちし、わかるようになります。

どこで瞑想をすればよいのか

初心者の方が意外と迷いやすいのが、「どこで瞑想をすればいいのか」という点のようです。

該当しない方もいらっしゃるかもしれませんが、瞑想をする場所は気にし過ぎないほうがいいですね。

大事なことは「リラックスできるかどうか」です。

自宅でも十分にできる

瞑想をする場所は、自宅の一室でも構いませんし、部屋の隅でも、椅子一つ置けるスペースがあれば十分です。

大切なのは、静かで整った完璧な環境ではなく、少しのあいだ邪魔が入りにくく、落ち着いて座れる場所です。

朝方とかは静かですし、ご家族がいる場合でも静かに瞑想ができます。瞑想をする時間を調整することで、瞑想できる環境を作ることができると思います。

雑音との向き合い方

また「雑音があると瞑想できないのではないか」と思う方もいらっしゃいますが、ある程度の物音は大丈夫です。

車の音、生活音、風の音、人の気配などがあっても、その音に気づいて、呼吸に戻るようにしていきます。リラックスの深まりとともに、これは自然にできるようになってきます。

もちろん、テレビがついている部屋や、頻繁に人に話しかけられる環境では難しくなりますね。

ですが、静かな理想的な瞑想環境を求めるあまり、いつまでも始められない方がもったいないです。

習慣化しやすい場所を決める

「今日はここで20分だけ座る」と決められる場所を一つ作っておくと、習慣化しやすくなります。
たとえば、

  • 朝起きてすぐに座る椅子
  • 夜寝る前に座る部屋の一角
  • 仕事前に一息つく机の前
  • 仏壇・神棚のある部屋

といったように、場所と時間をゆるく結びつけておくと、瞑想が生活の一部になりやすくなります。

瞑想を続ける上で大切なのは、「理想の瞑想空間をつくること」よりも「まずは瞑想をすること」ですね。

姿勢は完璧でなくてよい

姿勢については、多くの方が「正しくやらなければ」と考えがちな傾向があります。

ですが、無理な姿勢は逆に瞑想を妨げることになります。

基本は、力まずに、リラックスして座るということでOKです。床に座るだけでなく、椅子に座るのもOK。仰向けでもできます。

違和感があっても問題ない

瞑想をして楽(ラク)に感じるというのはリラックスの深まりと関係していますが、ぶっちゃけていいますと「慣れ」もあります。

座る場合は、体を支える「体幹」がある程度、整っていませんと、ラクに座りにくくなります。

最初は違和感があったり少し苦しく感じても、座り続けていますと(リラックスしていると)、体幹が強くなってラクに座れるようになります。

この点においても、焦らないで、「そういうものだ」として瞑想をしていくのがおすすめです。

椅子・仰向けでも問題ない

椅子に座ることが「本格的ではない」と思う方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。

環境によっては座る場所が無い場合、無理に床座りをしてしまうことになる、座ると身体が痛くなる、こうした場合は椅子に座る方がいいんですね。

仰向けになっても瞑想はできます。

無理をしないこと。背伸びをしないこと。体に対して厳しく取り扱わないこと。

楽な姿勢を心がけることは、瞑想の心得にも通じます。

② 呼吸に意識を向ける

ここでは瞑想の対象を「呼吸」として話しをすすめていきます。

ですが「お腹のふくらみ縮み」「足の裏」「手のポジション」「皮膚の感覚」などを対象にしてもOKです。

どれを対象にしても要領は呼吸への気づきと同じになります。

呼吸を見るときに大切なこと

呼吸自然に行い、その動きを観察します(見守ります、感じます、気づきます)。

  • 吸っている
  • 吐いている

このシンプルな観察が、瞑想の基本です。

呼吸をそのまま見守る

呼吸に意識を向けるとき、初心者の方は「深呼吸をしなければいけないのか」「呼吸を整えるべきなのか」と迷うことがあるかもしれません。

けれども、基本的には自然な呼吸をそのまま見守るようにします。

息を吸っている、吐いている。お腹が少し膨らむ、しぼむ。鼻先に空気が触れている。そうした自然な動きを観察します(見守ります、感じます、気づきます)。

呼吸を操作しない

呼吸をコントロールしようとする必要はありません。といいますか、操作してはいけないんですね。

意図的に「深くしよう」「ゆっくりにしよう」と考えなくても大丈夫です。てか、やってはなりません。

ただ「今、吸っている」「今、吐いている」と気づく(感じる)。

この繰り返しによって、心が落ち着いていくようになります。

呼吸を意図的に行おうとすると、ぎこちなくなって苦しくなる場合になります。また不自然な力みが出ることもあります。

呼吸の状態を評価しない

また、「呼吸が浅いからダメ」、「速いからダメ」、「うまく感じられないからダメ」と思う必要もありません。

呼吸への評価判断には、無自覚のうちに「理想の状態を作ろう」とした意志があります。無自覚のうちに「操作」してしまいます(瞑想から遠ざかります)。

呼吸が浅いなら「浅いな」と気づく(そのままにしながらゆるく気づく)、速いなら「少し速いな」と気づく(そういうものだとしてゆるく気づく)。

こうしているだけで十分です。

呼吸は心を映す

対象(ここでは呼吸ですが)を見ることの意味は、「理想の状態に変える・作る」ことではなく「今起きているありのままの自分の状態を知る」ことにあります。

心が乱れているときは呼吸も乱れやすく、落ち着いているときは呼吸も穏やかになりやすいですね。

呼吸を見ることによって、自然に心もおだやかになってまいります。

戻る場所としての呼吸

また呼吸(対象)に戻る場所があることで、思考や感情に巻き込まれすぎたときの「拠り所」がわかるようになります。

何度、呼吸からそれても、また呼吸に戻る。

この繰り返しが、心(自分)を責めることなく、自然に自分を整えていく助けになります。

自己の解放が起きる

もっとも大事なことは、今の様子をあるがままに知ることで、やがて自分の心(無自覚となっている心)にも気づくようになることです。

無自覚の心に意識が触れることで、自己が解放され、ナチュラルで深い安心感が生じるようになります。これが「観察瞑想」における大きな恩恵です。

呼吸をただ感じ、今起きていることに気づく感覚については、瞑想で「感じる」とはどういうことかも参考になります。

呼吸を感じることが難しいとき

「呼吸に意識を向けてください」と言われても、最初はそれ自体が難しいと感じる場合もあります。

呼吸瞑想が合っているかどうか?

呼吸瞑想が合わない・合っていない場合もあります。瞑想には合う合わないの適性があります

「違和感がある」「しっくりこない」「どうもうまくできない」場合は、「お腹のふくらみ縮み」「足の裏」「手のポジション」「皮膚の感覚」などを対象にした瞑想に切り替えてください。

「呼吸瞑想が伝統的だから」「王道だから」と思って頑なにしがみつく必要はありません。

最初は曖昧でもよい

呼吸に気づくといっても、「呼吸をはっきり感じよう」「しっかりと見る」必要はないんですね。また頑張るのはよくありません。

「なんとなく吸っている」「なんとなく吐いている」くらいで十分です。要は、感じられていればOKということですね。おおまかでも大丈夫です。

感じやすい部分に意識を向ける

呼吸瞑想の場合は、「鼻に少し空気が触れている」、「お腹がわずかに動いている」、そうした感覚に気づければ(感じることができれば、見守ることができれば)、それで大丈夫です。

自分が意識を向けやすい対象を選ぶことですね。※それ故に「お腹のふくらみ縮み」「足の裏」「手のポジション」「皮膚の感覚」など、瞑想の対象にはいくつかあります。

強く感じる必要はない

強く感じる必要はありません。といますか、最初の頃は「ハッキリ気づきたい」という欲求や焦りにもなりやすいのですが、決して無理はしないでください。

無理に行うと、大概、強く感じようとしてしまいます。

瞑想では、焦り、無理、操作はよくありません。今の自分に感じられる範囲で気づくことができれば大丈夫です。

呼吸に固定しすぎない

呼吸だけに意識を固定しなければならないと思いすぎると苦しくなります。

音が聞こえて、意識が音に向いたら向いたとして、再び呼吸(対象)に戻ります。

身体の自然な反応に対して、理想の状態にしようとしたり、無理に操作すること自体が、瞑想から外れていきます。

瞑想を行い続ける中で、呼吸(対象)に対してナチュラルに気づきがキープするようになっていきます。

③ 思考に気づいたら戻る

瞑想中は思考が出てきます。

思考が出ていながらも、瞑想の対象(呼吸など)に意識が向いているようになります。

思考に気づいても、呼吸(瞑想の対象)にやさしく意識を戻します。

思考と雑念の違い

なおここでは、

・思考・・・はっきりとした考え
・雑念・・・漠然とした想念。識。

としています。

思考が出るのは自然なこと

「思考が出てはいけない」と思わないでください。

思考が出るのはわりと自然なことです。

思考を否定しない

思考を敵対視したり排除することは、無理なことをする、操作する、頑張ることになります。つまり瞑想から遠ざかる行為なんですね。

瞑想は、操作しない・無理しない・頑張らないの原則は、思考との向き合い方でも同じです。

こうしたことを自分で経験していくことで、「智慧」も育っていくようになります。

思考が出ること自体は問題ではない、という点については、瞑想と思考の関係でも詳しく解説しています。

思考は小さくなっていく

瞑想を続けていくと、思考(はっきりした考え)はやがて弱くなり、出る頻度も減っていきます。

代わりに、漠然とした想念が勝手に生じては消えていくことを繰り返していくのが感じられるようになります。

思考も雑念も「そのまま」になりながら、瞑想の対象(呼吸など)に意識が向いている状態になっていきます。

瞑想の深まりとともに、呼吸(対象)に意識が自然に向かうようになります。

雑念が多いのは悪いことではない

ここでは「雑念」を漠然とした想念としていますが、瞑想を始めたばかりの方の多くが「雑念が多すぎる」と感じたり、「雑念ばかりで自分には向いていないのではないか」と思う場合もあるようです。

ですが、これらは誤解です。

雑念は自然な現象

雑念が出ることは自然な現象です。

仕事のこと、家族のこと、過去の後悔、未来への不安、自分への評価、人への不満、何気ない連想。

そうしたものが勝手に現れては、自然に消えていきます。いろんな物語が勝手に生じてきます。

実のところ、人は、普段から雑念(漠然とした想念)が頭の中に渦巻いています。識(しき)ともいっています。

見えるようになっただけ

雑念が多いことは、問題でもなければ、失敗ではないんですね。

瞑想を始めると、今まで気づかなかった雑念(想念が漠然と生じていること)や思考の多さが見えてくるようになります(わかるようになってきます)。

そのため「前より雑念が増えた」と感じることがあります。

でも実際には、増えたというより、見えるようになっただけだったりします。それだけ感受力・自覚力が高まったということなんですね。

自分が普段どれだけ多くのことを無意識のうちに考えているかに気づくようになったということです。

気づきは前進

「雑念だらけ」「雑念ばっかり」というのは悪いことではなく、むしろ大事な前進です。

気づけていなかったものに気づけるようになった、ということだからです。で、観察で大事な感受力が高まった証です。

雑念を抑え込まない

雑念の内容もさまざまですが、そのときに「こんなことを考えてはいけない」と抑え込もうとしないことです。

雑念を意識して、操作しようとしたり、消そうとすると力んでしまいます。で、かえって雑念が気になってしまいます。

雑念を意識化してしまうことになり、かえって気になってしまいます。

雑念との向き合い方

ですから、雑念が出てきたら、

  • 考えていたな
  • 不安が出てきたな
  • 評価していたな
  • 思い出していたな

と、やさしく・すっと気づいて(ハッキリと自覚するのではなくやんわりと気づいて)、呼吸(瞑想の対象)に戻ります。

これが「気づき」をともなった「あるがまま」です。

この「気づいて戻る」「あるがまま」「ありのまま」の経験が増えるほど、少しずつ心に巻き込まれる感覚が減ってきます。

思考・雑念に巻き込まれなくなっていく

瞑想では、思考や雑念を否定したり排除したりするのではなく、その思考や雑念に気づいても、呼吸(瞑想の対象)に自然に意識を向けるようにしていきます。

思考や雑念に気づくのではなく、気づいてしまっても「そのまま」「あるがまま」にして、瞑想の対象に意識を向けることなんですね。

このように続けていると、思考や雑念に巻き込まれるのが「自然に」減っていくようになります。

意図的に巻き込まれない状態を作るのではなく、自然にそうなっていくというのが大切です。

意図的な操作、無理、力みをしないで、適切に行っていくと、自然にそうなっていきます。

距離感が出てくる

人によっては「ナチュラルな距離感が出てくる」ともいっています。

ただ「距離感」というと、「解離した意識(危険な意識の二分化・分離)」にも受け止められる懸念もありますが、要するに「あるがまま」「ありのまま」ということなんですね。

ストレスが少ない日常

思考や雑念に対して「ありのまま」「あるがまま」になってくると日常生活の中でもメリットや恩恵を感じるようになります。

  • 欲しいもの、願い、怒りなどへのとらわれが減っていく
  • 考えに支配される感じが減る
  • 焦りが出ても、その焦りに振り回されるのが減っていく
  • 不安な考えが出ても、それにすぐ巻き込まれにくくなっていく

こうした意識の変化によって、日常がおだやかに感じられることが多くなり、生き生きとしてくるようにもなります。

逆にいえばストレスが減っていくともいえます。瞑想の恩恵の一つが、日常においてストレスが軽減していくことだったりします。

瞑想をしているときに起きやすい体験

瞑想をしていると、人によってさまざまな体験が現れます。ただし、それらは個人差があります。また、毎回同じように起こるものではありません。

よくある体験としては、

  • 心が静かになる
  • 身体があたたかく感じる
  • 呼吸が楽になる
  • 時間が短く感じる
  • 逆に落ち着かなさがよくわかる
  • 眠気やだるさが出る

このような感覚や状態です。

体験の良し悪しを決めない

ここで重要なのは、体験に対して判断(ジャッジ)は控えるということですね。

どの体験が良くて、どの体験が悪いというものではないんですね。瞑想をして心が静かになる日もあれば、逆に雑念や不安が目立つ日もあります。

それらはその日の状態の違いということも多かったりします。「そういうもの」として、さらりと「ありのまま」として受け止めていくのが瞑想的です。

体験を追いかけない

また、体験を追いかけすぎないことも大切です。

「前回は気持ちよかったのに今日は何もない」「もっと深い体験をしたい」と思い抱き始めると、瞑想に「とらわれ」が入り込むようになります。

瞑想では、無理なく「とらわれが落ちていく」という進み方をしていきます。瞑想体験にとらわれると、瞑想から遠ざかっていくようになります。

ただ、瞑想体験に対して「よかった」「うれしい」と思うことはいいんですが、瞑想体験そのものにしがみつくことがよくないんですね。

この辺りの違いのニュアンスも、瞑想実践を通して腹落ちさせていく必要もあります。

なお、瞑想が深まる中で生じるさまざまな体験を、そのまま神秘体験や悟りと結びつけないことも大切です。この点は一瞥体験・覚醒体験と悟り体験の違いも参考になります。

本当に大切なこと

瞑想で本当に大切なのは、特別な体験を得ることもさることながら、そのときに起きていることに気づくことですね。

ただし、「気づく」といいますと、知的な解釈の「気づく」になってしまう懸念もありますので、「見守る」「感じる」といった言い方が適切なこともあります。

あるいは、「今の様子」「あるがまま」「ありのまま」「いまここ」といった言い方もありますが、本質的には同じ意味になります。

「いまここ」という有り様から、本当の意味での体験も生じてきます。これが大切だと思います。

初心者が誤解しやすい「瞑想のコツ」

瞑想は、誤解されやすいところが多々あります。

間違った理解のまま続けると、苦しくなったり、認知を歪めてしまうことも起きます。

今まで書いてきたことと重複するところがあるかもしれませんが、ここでは誤解しやすい「瞑想のコツ」を整理します。

うまくやろうとしない

特に重要なのは「うまくやろうとしないこと」です。

うまくやろうとすることは「操作」です。コントロールなんですね。力みも生じます。その力みが、かえって瞑想を難しくします。

瞑想は「成功させるもの」ではなく、自然な気づきをともなった「あるがまま」「ありのまま」からできるようになっていきます。

余計なことを足さない

瞑想のコツというと、何か特別な技術があるように思われることがあります。

しかし実際には、上達のコツは「余計なことを足さないこと」にあります。つまり「あるがまま」「いまここ」ということですね。

頑張らない

たとえば、呼吸に意識を向けるときに、「もっと意識を凝らさなければ」「集中しなければ」と頑張りすぎると、心が緊張してしまいます。体もかたくなります。

「ちゃんと瞑想しなければ」といった「ねば」「べき」は瞑想の大敵です。呼吸は不自然になり、心も窮屈になります。

やわらかい注意が大切

瞑想のコツは、意識を凝らしたり、集中を作り込むことではないんですね。そういうやり方もありますが、ここでおすすめしているやり方は異なります。

自然に気づける程度のやわらかさを保つことなんですね。力んだ集中ではなく、「やわらかい注意」です。

解離した観察に注意

「観察」「気づく」といっても、自分の体から離れたところに視点を設けて「観察」「気づく」ことをしてはいけません。

時々、頭の上や後方、斜め上などから「観る」というやり方をする方もいますがこれはおすすめしません。意識を解離(二分)させるため、解離性の障害を引き起こす心配もあるからです。

瞑想では意識を二分することはしないで、意識は統一するほうに進んでいきます。でありながらナチュラルに気づく・見守るというのが起きる。これが瞑想です。

弛緩(リラックス)と明晰性(自覚)の両方がそろった状態です。

状態の違いを受け入れる

さらに、毎回、同じ瞑想状態を求めないことも肝要です。

昨日は落ち着いていても、今日は落ち着かないかもしれません。今日は眠いかもしれないし、明日は逆に冴えているかもしれません。

そういう違いがあっても「あるがまま」「いまここ」として、やわらかく観察・気づく・見守るのが瞑想です。

本質的なコツ

つまり、瞑想のコツとは、理想的な状態を作ることではなく、何かを目指すことでもなく、ガンバリズムでやることでもありません。

どんな日でも、その日その時の有り様に対して、。自然な気づきをともなった「あるがまま」「ありのまま」にあることなんですね。

こうした姿勢で行っていますと、瞑想がやりやすくなり、ずっと自然になります。

初心者が不安になりやすいポイント

瞑想を始めたばかりの方は、ちょっとしたことで不安になりやすいかもしれません。しかし、それは自然な反応です。

ここではその向き合い方を確認します。

よくある不安

  • これで合っているのだろうか?
  • うまくいっているのだろうか?
  • 雑念が多すぎるのではないか?
  • 何も感じないのはダメなのではないか?
  • 少し静かになると不安になる

不安も観察対象にする

こうした不安は珍しくありません。むしろ、多くの初心者が通る道です。

大切なのは、不安があること自体を問題にしすぎないことです。

不安があるなら、「不安があるな」と気づく(そのまま、あるがままとする)

わからなさがあるなら、「わからない感じがあるな」と気づく(そのまま、あるがままとする)。

そのように、不安そのものも観察の対象にしていきます(そのまま、あるがままとしていきます)。

不安が軽減していく

すると、不安に飲み込まれるのではなく、不安が小さくなっていきます(不安との距離が少しずつ取れるようになります)。

瞑想は、安心な状態だけを扱うのではなく、不安や迷いも含めて観ていく実践なんですね。

やってはいけない瞑想

瞑想には避けた方がよい取り組み方もあります。

  • 思考を止めようとする
  • 無になろうとする
  • 体から離れて観察する
  • 神秘体験(特別な体験)を求める

これらはすべて逆効果になります。

なぜ逆効果になるのか

「思考を止めよう」とすると、思考に強く関わることになってしまいます。つまり、より思考が強く感じられるようになってしまいます。

「無になろう」とすると、「まだ無になれていない」と自分を評価してしまいます。で、思考が強くなってしまいます。

「体から離れて観察」すると、意識が二つに別れる操作になります(解離した意識)。くつろぎが弱くなり、不安定さ落ち着きのなさが出てくるようになります。

「神秘体験(特別な体験)を求める」と、今起きている現実から離れてしまいます。つまり「あるがまま」「いまここ」から外れていき、瞑想でなくなっていきます。

これらは、力む、何かになる(作りあげる)、急いてしまう(焦り)という「瞑想を阻むあり方」そのものだったります。

瞑想の基本に戻る

瞑想の基本は、何かを作り出すことではなく、今を観る・感じる・気づくことなんですね。

雑念があってもいい。静かでなくてもいい。何も起きなくてもいい。

そのうえで、「今に生きる」ことを重ねていくのが大切ですし、こうした有り様から瞑想の深まりが自然に起きてきます。

瞑想で大切な取り組み方

では、どのような取り組み方が瞑想を自然に深めていくのでしょうか。瞑想では、やり方と同じくらい「取り組み方」も重要です。

ここでは実践の中で特に大切なポイントを整理します。

力を抜いて行うこと

瞑想では、力まないこと・頑張りすぎないことが大切です。頑張れば頑張るほど、心や体に力が入り、呼吸や意識が不自然になり、かえって瞑想がしにくくなります。

そのためには、意図的に力を抜くくらいがちょうどよいバランスになります。

初心者が陥りやすい頑張る瞑想

初心者の方ほど、真面目に取り組もうとするあまり、「頑張る瞑想」になってしまうことがあります。

社会では「努力・頑張り」が推奨されますので、この姿勢を瞑想の文脈に持ち込むケースが極めて多かったりします。一見よさそうに見えるため厄介なんです。かなりつまずきやすいポイントです。

頑張る瞑想とは、たとえば、

  • 絶対に集中を切らしてはいけないと思う
  • 雑念を出してはいけないと思う
  • 短期間で変わらなければ意味がないと思う
  • 今日の瞑想は成功か失敗かと採点し続ける

こうしたやり方は、表面上は真面目でも、内側ではずっと緊張と評価が続いています。そのため、心が休まらず、気づきも育ちにくくなります。

力まないこと・頑張りすぎないことが大切なんですね!

理想の状態を作ろうとしないこと

瞑想をしていると、「落ち着いた状態になりたい」「無になりたい」「深めたい」と思うことがあります。

しかし、何かの状態を目指すと、それはすでに「操作」になってしまいます。

初心者がやりがちの操作

初心者がやりがちな操作(なろう・作ろう)には以下のことがあります。

  • うまくやろうとする
  • 理想の状態を作ろうとする
  • 余計なことを付け加える
  • 思考を止めようとする
  • 無になろうとする
  • 体験を求める
  • 体から離れて観察する

これらを無意識にやってしまうことも少なくありません。

瞑想は、何かを作る行為ではなく、すでに起きていることに気づく行為なんですね。理想の状態を追いかける必要はありません。

何かになろうとしない・理想状態を作ろうとしないことですね。

結果を急がないこと

瞑想は、すぐに大きな変化を出そうとすると必ず苦しくなります。焦燥感も高まります。瞑想は、すぐに変化が現れるものではないんですね。

短期間で結果を求めると、焦りが生まれ、それ自体が「とらわれ」となっていきます。

急がないこと、焦らないこと

焦らず、淡々と続けることが、結果的にはいちばん深まりやすい進み方になります。急がば回れです。

良い・悪いと判断しすぎないこと

瞑想をしていると、「うまくできている」「今日はダメだ」など、評価が自然と出てきます。

しかし、その評価にとらわれるほど、意識は思考に引き込まれやすくなります。大切なのは、「評価すること自体に気づく」ことなんですね。

良い・悪いを決めることよりも、「今そう感じている」と気づくこと。そうして「いまここ」。これが瞑想の本質に近づくポイントになります。

初心者がハマりやすい評価のし過ぎ

初心者の方は、どうしても瞑想状態への評価・ジャッジをしがちになります。瞑想的な感覚が不十分ですと、どうしても評価・ジャッジ・判断をしてしまいます。

今日は集中できた、今日はダメだった、昨日より雑念が多かった、前回より落ち着けなかった。

こうした比較や評価が強くなると、瞑想そのものより、自分の採点に意識が向いてしまいます。

評価よりも気づき・くつろぎ

もちろん、振り返ること自体が悪いわけではないんですね。けれども、瞑想中はまず評価より、気づきとくつろぎが大切。

「今こうだな」と観る。
「また考えていたな」と気づく。
「少し力んでいたな」とわかる。
これだけで十分です。

評価を弱め、呼吸の気づきをおこなう

この方向が、瞑想を自然なものにしてくれます。また自然に「評価しすぎない」ことに落ち着くようになります。

瞑想ができない原因と対策

多くの人がつまずく原因は次の通りです。

  • 考えすぎる
  • 正解を探す
  • 成果を急

具体的に言えば、次のようなつまずきとなって表れます。

  • 雑念が多いと失敗だと思ってしまう
  • 少しでも落ち着かないと向いていないと思ってしまう
  • 一回で大きな変化を期待してしまう
  • 他人の体験談と比べてしまう
  • 気づきより評価が強くなってしまう

こうしたつまずきは、初心者にはとてもよくあることです。自分だけがおかしいのではないんですね。多くの人が同じようなところで迷います。

本質的な原因

瞑想は、誰もが内在している天然自然な有り様へ立ち返ることです。瞑想ができないのは「余計なことをしている」というのがほとんどです。つまり

  • 力む・頑張る
  • 操作する(理想の状態を作ろうとする)
  • 焦る
  • 評価し過ぎる

これが本質的な原因です。いままでご説明してきた瞑想の注意点そのものです。

瞑想ができないと感じるときの考え方

瞑想ができないと感じるときは、「何ができていないのか」を一度やわらかく見直してみることもおすすめです。

なぜ呼吸に気づけていないのか。気づいてもすぐにそれてしまうのか。評価が強くなっているのか。眠気が強いのか。力みが強いのか。

そうしたことを「責める」のではなく、「やさしく観察する(見守る)」ように確認します。

すると、「できない」というひとまとめの感覚が少しほどけてきます。

実際には、完全に何もできていないわけではなく、どこか一部で力んでいたり、期待が強くなっていたりするだけだった、ということも多いんですね。

瞑想を続けるためのポイント

  • 毎日短時間でも続ける
  • 習慣化する
  • 完璧を求めない

瞑想は「量」もさることながら「継続」が重要です。

一回で長時間やるよりも、短くても毎日続ける方が、感覚が育ちやすいこともあります。

まったく初めての方は10分でも十分です。最初から30分、1時間と無理に頑張るより、現実的に続けられる長さで始める方がいいですね。

短時間でもよい

瞑想は、いたずらに長時間やればよいというものではないんですね。無理は禁物です。無理に行い続けていると心身に不調を来す場合もあります。

最初から30分や1時間を目指す必要はありません。できるところから行ってください。5分や10分でもOKです。

習慣に組み込む

むしろ大切なのは、日常の中に自然に組み込むことですね。たとえば、

  • 朝起きてすぐ
  • 寝る前
  • 仕事の合間

といったタイミングに短時間取り入れることで継続しやすくなります。

できない日があっても気にしない

また、できない日があっても気にしすぎないことですね。

「毎日やらなければ意味がない」と思うと、それ自体が負担になります。

できる日にやる。また戻ればよい。

そのくらいの柔らかさと気楽さが長続きにつながります。

瞑想と日常生活の関係

瞑想は座っている時間だけのものではありません。特定の時間における行為ではなく、日常生活そのものとつながっています。

ここではその関係性を確認します。

日常そのものが瞑想になる

瞑想は座っている時間だけではないんですね。

歩くとき、食べるとき、話すとき、すべてが瞑想になります。

気づくことで「いまここ」が実現します。

気づいているかどうかで、何気ない行為が瞑想になります。

「いまここ」に戻る習慣

私たちは普段、過去や未来に意識が向いています。

しかし瞑想では、「いまここ」に戻ることが重要です。

この習慣が、人生全体の質を変えていきます。

日々の瞑想実習を重ねていきますと、日常がナチュラルに「いまここ」になります。

この「いまここ」に戻る感覚については、プレゼンスの観点から理解すると、さらに深まりやすくなります。

続けることで何が変わっていくのか

瞑想は、一回や二回で劇的に変わるというより、続ける中で変化が出てくる実践なんですね。

しかも、その変化は派手なものではなく、日常の中で「前より少し違う」と感じる形で現れることが多いと思います。

たとえば、

  • 前よりもイライラに早く気づける
  • 不安が出ても、巻き込まれるのが減るかなくなる
  • 人の言葉に過剰反応しにくくなる
  • 気持ちが落ち込んでも、戻りやすくなる
  • 身体の疲れや力みに気づきやすくなる

といった「心の反応」における変化です。

人生の問題が一気になくなるわけではない

こうした変化は、一見すると地味なんですね。うっかりしていると気づかない場合もあります。

でも、実際の生活においては非常に大きな意味があります。

瞑想を続けることで、人生の問題が一気になくなるわけではありません。けれども、問題への反応の仕方や受け止め方が変わってきます。

この違いはとても大きいんですね。で、これが重要。

ですから、継続の意味は「すごい体験を積むこと」ではなく、少しずつ心の扱い方や反応が変わっていくことにあります。

自分が変わったことを実感する

「いまここ」「あるがまま」が板についてきますと、自分が変わったことに気づくときがやってきます。

よろこびと高揚感をともない、今を味わい感動する気持ち。他者のしあわせや成功を心から喜べる自分に気がつくでしょう。

このとき「しあわせ」の本当の意味を、魂の底から打ち震えるよろこびとともに実感するようになるでしょう。

パラダイムシフト。

瞑想は素晴らしい。実践実習は尊い。

瞑想とは、もっと現実的で、もっと生活に根ざした「生きた実践なんだ」とわかってきます。

瞑想とリラックスの関係

瞑想は、リラックス(くつろぎ)+気づき(自覚)がセットになった行為です。

リラックスしながらも、気づきがある状態が瞑想です。

近年では「気づき」にフォーカスされがちですが、「リラックス」は瞑想の土台となり大切なエッセンスなんですね。

瞑想を安全にする

リラックスの無い瞑想は、危ういんですね。

適度なゆるさ(リラックス)がないと、瞑想も行き詰まりがちです。ギクシャクしていくようにもなります。

力み、ガンバリズムにも陥りやすく、瞑想がうまくゆかなくなります。

危うい面もあり、「瞑想病(偏差)」といった心身の変調をもたらすこともあります。

リラックスは、瞑想における安全装置でもあります。

美徳を生み出す

リラックス・くつろぎからは、さまざまな美徳も生まれてきます。

寛大、寛容、やさしさ、あたたかさ、ゆるしなど、ハートフルな心をもたらし、究極的には「慈悲」を生み出します。

「ゆるさ」は美徳なんですね。

瞑想における「リラックス」と「気づき」の違い

瞑想では「リラックス」と「気づき」は関連しています。しかし特徴が異なります。両方がバランスよく働くことで、瞑想が適切に深まっていくようになります。

リラックス(ゆるめる働き) 気づき(観る働き)
くつろぎ 見守る
ゆるみ 注意
弛緩 明晰性
寛容 洞察
慈悲 智慧
拡大 集中

リラックスだけに偏ると、ぼんやりした状態になりやすくなります。一方で、気づきだけを強めすぎると、緊張や力みが出やすくなります。

瞑想では、この二つがバランスよく働くことが大切です。「ゆるみ」と「気づき」が同時にある状態が、自然な瞑想の方向性といえます。

なお深い瞑想になりますと、深いリラックスとともに瞑想が恩寵のように訪るようになります。

瞑想と慈悲・祈りの関係

一般的な説明では、瞑想というと「自分の心を整える方法」として語られることが多いかもしれません。

それも間違いではありません。

正しい瞑想では慈悲が育つ

けれども、実際には、瞑想が深まっていくと、自分だけのことに閉じた感覚が少しずつやわらぎ、他者や周囲に対する感じ方も変わっていくようになります。

イライラしにくくなる、相手の事情を少し想像できるようになる、きつい言葉を減らしたくなる、思いやりを持てるようになる。

こうした変化は、瞑想が単なる集中訓練ではなく、人間性や心の方向にも関わっていることを示しています。

そう、実は瞑想が適切に進むと慈悲的になっていきます。実のところ「適切な瞑想」の裏には「慈悲」があります。

慈悲は瞑想を支える

慈悲は、心をやわらかくし、瞑想を支える土台にもなります。慈悲はリラックスと深く関係しています。

気づきだけを強めようとすると、ときに観察が硬くなったり、評価が強くなったりすることがあるんですね。

けれどもそこに慈悲があると、気づきがやさしさを伴ったものになります。

正しい瞑想は慈悲を生むが育つ

慈悲の話しは上級者向けになるかもしれませんが、初心者の段階では、瞑想が正しく進むと慈悲が生じるという理解にとどめておいてもよいと思います。

瞑想はただ自分の内面を観るだけではなく、日常の言動や人との関わり方ともつながっています。生活で活かすことができるのが瞑想ですね。

その意味においても、慈悲や祈りは、瞑想の周辺にある補助的なものではなく、瞑想を健やかに深める上で大切な要素になります。

正しい瞑想は慈悲を育みます。慈悲があると瞑想が適切になる。このような相関性があったりします。

こうしたやさしさや思いやりの深まりは、無条件の愛というテーマとも深くつながっています。

瞑想と「認知が良くなること」の関係

瞑想は「認知が良くなること」との深い関係があります。瞑想の深まりと密接に関係しています。

ちなみにここでいう「認知」とは、 外部からの情報に対して、どう解釈・理解・判断するかを指します。心理学で使っている概念ですね。

日常の言動と瞑想の関係

瞑想を行っていると、次第に言動が整うようになります。つまり認知が善くなります。

日常生活において、乱暴な言葉を使ったり、人を強く責めたり、自分勝手な反応というのが減っていくようになります。そうして家族関係や職場などの人間関係が良くなることが多くなります。

これは瞑想によるリラックス効果と気づき(自覚)の作用により、「認知が善くなる」「言動が適切になる」効果だったりします。

認知を整えることで瞑想が深まる

逆に、日常の生活において、意識的に認知を善くする、つまり言動を適切にすると、なんと瞑想もしやすくなり深まりやすくもなっていきます。

具体的にいえば、

  • サービス精神を発揮する、誰かのサポートをする
  • 少し丁寧な言葉を使う、礼節を意識する
  • やさしさ思いやりを持つ、感謝を忘れない

こうした実践ですね。これらを仏教では、施(ほどこし)、戒(礼節)、慈(慈悲)といって、代表的な善行としています。

瞑想と認知の相関性

  • 瞑想が深まる ⇒ 認知が良くなる
  • 認知を良くする ⇒ 瞑想が深まる

このような相関関係があります。

瞑想は生き方全体とつながっている

瞑想は座っている時間だけで完結するものではなく、日常の認知や言動ともつながっているんですね。

ですので古来より仏教では戒・定・慧(かい・じょう・え)」といって、認知を整える「戒」を最初に置いていたんですね。

このつながりを理解すると、瞑想は「静かに座るだけの方法」ではなく、生き方全体を整える実践として見えてきます。

瞑想とヒーリングの関係

ヒーリングというと怪訝に思うかもしれませんが、体験上・経験上からいえば、良質なヒーリングを活用することで、瞑想が深まるなどの相乗効果が期待できます。

当方では、天啓気療院の北澤勇人さんが行っている天啓気療をおすすめしています。

天啓気療がどういうヒーリングかについては「天啓気療とは?」という記事で説明しています。また瞑想との関係については「瞑想を深める恩寵」でくわしく説明しています。

善の感覚が高まる

瞑想が深まると、「あたたかさ、やわらかさ、ほっこりした感じ、のびのびとした感じ、落ち着き、凛(りん)とした感じ、すがすがしい感じ」などが渾然一体(こんぜんいったい)となった」エネルギーを感じるようになります。

これは「善(ぜん)」の体感になりますが、天啓気療を受けると、全身がこの善の感覚に包まれますこの善の感覚が瞑想に大変役立ちます。※ただし人によって異なります。

瞑想のサポートとなる

瞑想へのサポートは次のようなものです。

  • 心が静まりやすくなる
    思考に振り回されるのが減る
  • 瞑想が深まりやすくなる
    心身の緊張がゆるむ
  • 気づきが深まる
    意識がハッキリし明晰性が増す

瞑想効果とほぼ同じ

より具体的にいいますと、たとえば、

  • 体の不調がやわらぐ
  • メンタルの負担が軽くなる
  • とらわれや執着が減る
  • 心が明るくなり、軽くなる
  • 表情や雰囲気がやわらぐ
  • 感覚が整い、バランスがとれてくる
  • 全体的にマイルドになり、反応もやわらぐ

というもので、適切な瞑想実習を行うことで生じることと、ほぼ同じことが感じられるようになっていきます。

ただし個人差があります。また過剰な期待をすることなく、一つのサポートとしてご理解ください。

瞑想を深める方法

瞑想は独学でも可能ですが、実際の場で学ぶことで理解も深まります。本や動画だけでは、どうしても頭での理解に偏りやすくなりがちです。

瞑想は理解から始まって、理解を超えていく(体験で学んでいく)行為でもありますので、独学独習は避けたほうが無難と思っています。

不適切な瞑想を行うことで生じる「心身のトラブル」のリスクもあるからです(偏差、クンダリーニ症候群など)。

また、一人だと続けにくい方でも、瞑想会という場があることで継続しやすくなることがあります。

瞑想会で学ぶ意味

瞑想会に参加する意味は、単に人と一緒に座ることだけではありません。

  • 静かな空気の中で座りやすい
  • 実践の方向性がわかりやすい
  • 継続のきっかけになる
  • 自分だけでは気づきにくいクセに気づける

こうした利点が、瞑想会にはあります。

もちろん、どんな瞑想会でもよいわけではありません。初心者に無理がないか、雰囲気が合っているか、考え方に納得できるか、といった相性を見ることも大切です。

けれども、実際の場で学ぶ経験は、独学だけでは得にくい理解をもたらすことがあります。

浜松市で瞑想を体験したい方はこちらの瞑想会をご覧ください。

瞑想は自分を責めるためのものではない

最後に、とても大事なことを一つ書いておきます。

それは、瞑想は自分を責めるためのものではない、ということです。反省会ではないんですね。

真面目な方ほど、瞑想をすると「今日も雑念が多かった」「また集中できなかった」「自分は向いていないのではないか」と、自分を責めやすくなりがち。

けれども、その責める心の動き自体に気づくことも、瞑想の大切な一部なんですね。

「また責めているな」「また評価しているな」と気づけたら、それで十分です。そこからまた、呼吸(瞑想の対象)に戻ればいいんですね。

瞑想は、完璧な人になるための訓練ではないんですね。今の自分に少しずつ気づき、自然に整っていく実践です。

焦らず、比べすぎず、必要以上に厳しくならず、続けていくことが大切なんですね。その積み重ねが、心をやわらかくし、日常の感じ方も変えていくようになります。

よくある質問(FAQ)

瞑想は何分くらいやればいいですか?

初心者の場合は、まずは5分〜10分程度からで十分です(可能ならば20分がおすすめ)。ですが大切なのは時間の長さよりも、無理なく続けることです。続けていれば、自然に時間が伸びていきます。

雑念が多くても瞑想はできていますか?

問題ありません。雑念が出ること自体は自然なことなんですね。大切なのは、雑念に気づいても呼吸(瞑想の対象)に戻ることです。むしろ、気づけている時点で瞑想はできています。

瞑想中に思考を止める必要はありますか?

思考を止める必要はありません。無理に止めようとすると、かえって思考は増えやすくなります。思考があっても、瞑想の対象に意識をやさしく向け続けることですね。瞑想は思考をなくすことではなく、思考に気づくことです。

瞑想は毎日やらないと意味がありませんか?

毎日できれば理想ですが、できない日があっても問題ありません。短時間でもよいので、無理なく続けることが大切です。習慣としてゆるく続けることで、徐々に変化が現れてきます。

瞑想の効果はどれくらいで感じられますか?

早い人では数日で変化を感じることもありますが、どういう瞑想効果を期待しているかで違いがあります。個人差があります。

けれども続けていく中で、少しずつ心の反応や感じ方が変わっていきます。結果を急がず、過程を大切にすることがポイントになります。

瞑想中に眠くなるのはよくないですか?

眠くなること自体は問題ありません。ただし、眠りに入ってしまう場合は姿勢を見直したり、時間帯を調整すると改善することがあります。

瞑想が深まると、眠気と覚醒の境目あたりの感じになり、意識そのものとなっていきますので、本当に寝てしまうことにならなければ大丈夫です。

うまくできているか分からないのですが大丈夫ですか?

そのように感じるのは自然なことだと思います。
瞑想には白黒はっきりした「正解」はなく、うまくやろうとしないことが大切です。やさしく気づいて戻るという基本ができていれば、それで十分です。

リラックスできないと瞑想はできませんか?

瞑想では、リラックスは大切な土台です。力んだままだと呼吸や意識も不自然になり、瞑想がしにくくなります。

ただ、最初からきちんとリラックスできる必要はありません。実践を続ける中で、少しずつ力が抜け、くつろぎと気づきがそろうようになります。

どこで瞑想をすればよいですか?

静かな場所が望ましいですが、自宅でも十分に行えます。完全に静かでなくても問題ありませんし、リラックスできる環境であれば充分です。あと毎日同じ場所で瞑想をするのが望ましくなります。

瞑想はどんな人に向いていますか?

ストレスを感じやすい方や、思考に振り回されやすい方に特に向いています。また、自分自身を見つめたい方や、落ち着いた状態を育てたい方にも適しています。高次意識や悟り、解脱といった高邁な精神性を求める方にもおすすめです。

まとめ|瞑想とは人生を整え、深めていく実践

気づきをともなった「いまここ」「あるがまま」を行い続けていると、自分の変化に気づく瞬間が訪れます。

今この瞬間を味わう喜びや、理由のない安心感。

そして、他者のしあわせや成功を素直に喜べるような変化も少しずつ現れてきます。

それは単なる気分の変化ではなく、「しあわせとは何か」を深いところから実感する体験でもあります。

こうした変化は、特別なことをした結果ではなく、ただ「ありのままに気づくこと」を積み重ねてきた結果として自然に起きてきます。

瞑想とは、あるがままに気づき、本来の自分に立ち戻る実践です。

何かを目指して頑張るものではなく、日常の中で自分に気づき、整えていくための実践です。

シンプルですが、とても深く、そして現実的なものです。

瞑想は、生活の中で生きる「生きた実践」として、ゆっくりと人生そのものに影響していきます。

まずは数分でもよいので、実際にやってみてください。

そこからすべてが始まります。

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