瞑想をすると不安になる?
瞑想、特に「何もしない」というエッセンスが濃厚な瞑想を始めると、人によっては「不安になる」場合があります。
このことは、坐禅なり瞑想を始めた人には時々あることだったりします。
その理由は、大きく分けると次の2つになります。
「何もしない」ということをやってしまう
一つ目の理由は「何もしないということを【やってしまう】」というのが原因になっている場合です。
「何もしない」というのを聞くと、「何もしない」ということを「やってしまう」人が意外といらっしゃいます。
これは「言葉通り」に行おうとする習慣が染みついている「思考の強い」人にみられることで、無意識のうちに「言葉通り」にやってしまっていることがあります。
「何もしない」ことを行ってしまう(Doにしてしまう)。
「何もしない」とは、
・そのまんま
・その通り
・あるがまま
・手を付けない
ということでして、「DO(する)」ではなく、「BE(ある)」という有り様を指しています。
しかし「何もしない」をやってしまう(Do)と、
・不安が高まる
・虚無になる(人生に虚しさを感じる)
・否定感が強くなる
・厭世的になる
・気分が沈むようになる
・ヤル気が無くなる
といった具合で、諸々に対して意気消沈していくようになります。
で、これが「文言通りに【何もしない】」を行うと、必ずといっていいほど、こうした状態に陥ります。
仏教のイメージに通じる
ちなみに仏教に対する「ある種のイメージ」も、これです。「何もしない」「執着しない」をDoで理解すると、変な仏教のイメージを生み出します。
執着しない、煩悩を出さない、枯れ木のようになる
これらは仏教のイメージをして巷でも共有されています。が、「文字通りに解釈した仏教のイメージ」です。
で、坐禅や瞑想を始めたばかりの方は、意外と「言葉通り」にやってしまうことが多いため、「気づく」ことが大切だったりします。
「坐禅中に何かやっていないか?」の意味が、まさに「坐禅中に何かやっていないかに【気づく】」ということだったりします。
サンカーラ(無自覚となっている心)が浮上する
不安になってしまう2つめ目の理由は、サンカーラ(無自覚となっている心)が浮上するからというのもあります。
「何もしない」という有り様にいつづけていると、いわゆる無意識にある諸々が浮上してきて、不安になったりすることがあります。
しかし実際は、無意識という意識はありません。
「無自覚となっている心」があって、坐禅や瞑想をしていると、無自覚となっていた心に気づくようになり(感じるようになって)、それが自覚化(顕在化)するようになります。
このとき「苦しい」「不安」「モヤモヤ」としたのを感じます。
で、原始仏教では、無自覚となっている心のことをサンカーラといっています。
坐禅や瞑想では、サンカーラの浮上が、結構、悩ましげになることがあります。
そこでサンカーラの解消のためにも天啓気療をおすすめしています。
しかし新興宗教の中には、こうした現象に対して、「何か悪い霊が取り憑いている」とか「悪因縁がある」と脅すことがありますので、適切な理解が欠かせません。
こうした霊や運命の悪影響ではなく、無自覚となっている心(サンカーラ)が顕在化してきているんですね。
人は誰しも、無自覚にしてきた心があります。心理学でいう抑圧とかシャドーというものです。
ところが坐禅や瞑想をしていると、こうした心が顕在化(自覚化)してくるようになります。で、不安になったり、落ち着かなくなったり、ダルくなったりすることも起きます。
ちなみにこれらの現象は、天啓気療を受けたときに出てくる「好転反応」と同じです。
「心の洗濯」ですね。
それがサンカーラの浮上(自覚化していない心の顕在化)、あるいは好転反応といった現象です。
で、もしも浮上してきたなら(自覚されてきたなら)、そのまんまにしておきます。
そうすれば、数日から2~3週間で消えていきます。
食べ物にも注意
瞑想を始めて「不安になる」ということの原因は、大概、上記のいずれか、あるいは両方が該当していることが多くなります。
もっとも食生活の乱れから不安になることもあります。
- 食品添加物
- 小麦粉
- 粗悪な油(トランス脂肪酸、サラダ油)
- リンの摂取のし過ぎ
こうしたモノを含んだり、原材料としている食品を食べていると、不安になりやすくなります。
ただ、これは瞑想をしていなくても、日常的に不安になったり気だるくなることが多くなります。
あと、副交感神経がフリーズしている場合も、不安になりがちなところはあります。
まとめ
不安になる場合は、それなりの理由があります。
自分で解決できない場合は、適切な指導者に相談するのもおすすめです。
精神的に良い状態は望ましいとは思います。適切な瞑想をしていれば、心は晴れやかになってまいります。
適切な瞑想を続けるのが望ましいですね。