瞑想会は「場」が大切
毎月、瞑想会を開催していますが、実のところ瞑想会は「波動の高い」フィールドといった言い方ができます。
「波動の高いフィールド」というのは、聞き慣れない言葉かもしれませんね。
それもそのはず、私の造語です。
波動の高いフィールドとは何か
で、「波動が高い」とは、真我エネルギー、善エネルギー、徳エネルギー、神意識エネルギー、ハート・エネルギーといった言い方もできます。「天界」ともいえます。
善や徳が感じられるような、やわらかくて明るい生命的な状態ともいえます。
要するに、宇宙の根源エネルギー、生命エネルギーのことになります。
天啓気療のエネルギーが、これなんですね。
真我系のエネルギーに満ちる「場」が大切
で、瞑想会は、こうした真我系エネルギーに包まれる、満たされる「場(フィールド)」になるのが大切だったりします。
瞑想会というと、ただ人が集まって同じ時間に座る場、というイメージを持たれやすいかもしれません。けれども、実際にはそれだけではなかったりします。
瞑想が進みやすい場には、やはり独特の空気感があります。どこかやわらかく、押しつけがましさがなく、落ち着いていて、それでいてぼんやりしていない。そうした雰囲気の中では、無理に集中しようとしなくても、自然に座りやすくなるんですね。
ですので、瞑想会では、何を行うかも大切ですが、どういう場になっているかは、実はそれ以上に大切だったりします。
気功でいう「慧観」との共通点
ちなみにタオでは、このエネルギー状態のことを、「ポカポカとした春の日の、やわらかい陽気のようにゆったりとした感じ」といっています。
で、気功では、これを「慧観(けいかん)」といっています。波動が高い様子のことなんですね。
この「ポカポカとした春の日のような感じ」という表現は、実際かなり本質をついていると思います。
張りつめておらず、せかせかもしていない。けれども、鈍くも重くもない。静かだけれど死んでいない。そうした、やわらかくて生きた感じがあるんですね。
ですので、私が瞑想会で大切だと感じてきたことと、気功でいう慧観とは、かなり重なるところがあります。
やわらかくゆったりした雰囲気が瞑想を進める
で、鋭敏な方は、こうした瞑想会のエネルギーを感じます。
で、それはその通りだったりします。
で、こうした高エネルギーのフィールドで瞑想をすることで、実のところ、参加する方の瞑想が、よりしやすくなり、より進むようになります。
これが瞑想会の本当の「目的」「役目」だったりもします。良質で高い波動のエネルギーに満たされた「場(フィールド)」にすること。
実は、そういうのがあったりします。
天のようなエネルギー場は大切
ですので、瞑想会のエネルギー・フィールド(場)って大切なんですね。で、こうしたことは、経験上、感じていました。
15年前に瞑想会を始めた頃から、「ポカポカとした春の日のように、やわらかくもゆったりとした雰囲気」を重視してきました。
で、後になってから気功などでは、これを慧観(けいかん)といって、非常に大切にしていることを知ったものでした。
で、慧観の正体とは、徳エネルギー、真我エネルギー、善エネルギー、神意識エネルギー、ハート・エネルギー、宇宙の根源エネルギー、生命エネルギーだったわけですね。「天界」です。
場が整うと、なぜ瞑想しやすくなるのか
ちなみに「天界」では瞑想が非常に進むといいます。ほら、一致しますよね?天界のような雰囲気は大切なんです。
瞑想実習では、この空気感や雰囲気が大切です。で、瞑想会は、こうした雰囲気になることで、参加者の瞑想がブースト(加速)されます。
瞑想会は、ただ単に集まっているだけでなく、その良質なエネルギーに満たされることで、瞑想が進んでいく機会だったりします。
瞑想会の本当の価値とは、場そのものが参加者の実践をサポートするエネルギーだったりします。
一人で行う瞑想との違い
ちなみに、瞑想は一人で行うことが多いですよね。
ところが、瞑想会に参加すると「一人で行っているときよりも深く入れる」「瞑想の質が高く感じられる」「長い時間、瞑想ができる」といった感想を言われる方は多いんですね。
一人で瞑想を行うときと違う何らかの作用が、瞑想会にはあることがわかります。
もっともプラシーボ効果といえば、そうなのかもしれませんが^^;、決して「気のせい」ではない「瞑想会の場の力(フィールド・パワー)」があることを、多くの方が実感しています。
瞑想会は、皆さんと一緒にやるメリットもさることながら、場の質によって、一人では入りにくいところに入りやすくなることが、経験的にあると言えます。
瞑想会の場を損ねるもの
ところが、こうした瞑想会のエネルギーを損ねる場合があります。
それは「徳を損ねることをしてしまう」場合と同じだったりします。
つまり「低エネルギー」。「波動が低い」状態。
具体的にいいますと、不活発、沈滞、暗い、鬱々、悪口、批判が多い、攻撃性、落ち着きがなさすぎる、抑制の効かない感情の爆発、ネガティブな雰囲気、霊的な影響などなど。
こうしたことが瞑想会の参加者に多々出てきますと、瞑想会のエネルギー・フィールドを損ねてしまうようになります。で、ほかの方にもよろしくない影響をおよぼしてしまいます。
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なぜ参加条件や面談が必要なのか
しかし、ここで書いていることは、ちょっと差別的といいますか、人をえり好んでいるかのように誤解されるおそれもあります。ですので、なかなか言いにくいところがあったりします。
ですので、基本的には言いません。黙っています。
徳の感覚が出てきませんと、上記のことは理解しにくいんですね。まず理解できません。できにくい。
マインドちゃんがバリバリに強い状態では、まず徳の感覚はわかりませんし、説明をすると「差別だ」「人格を否定された」などの勘違いをされてしまうほか、文句や不満を言われてしまうおそれが出てきます。
なかなかデリケートな領域だったりします。
誤解されやすいが大切にしていること
瞑想会は、ただ単に集まって皆さんと瞑想をしているだけではなかったりします。
実のところ、エネルギーの場(フィールド)を形成していくことも大切だったりします。といいますか、これが本当の目的だったりします。ものすごく大切。
ですので、参加する方を選ぶことにもなりますし、徳を損ねる言動が多い場合は、申し訳ありませんが、参加を控えていただくこともあるんですね。
ホント、こればっかりは仕方ないんですね。ご理解をいただければと思います。
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天啓気療やセッションが必要になる場合
雰囲気を整え直すための補助として
瞑想会では「瞑想ができる・できない」は問題にはなりません。けれども「雰囲気を損ねる」は問題になるんですね。
もし、エネルギー・フィールドを損ねる方がいらしたら、まずセッションを受けるようにおすすめしています。あるいは天啓気療を4回以上受けるかですね。
徳を損ねる感性は、過去世からのトラウマの影響を受けているケースや、強い霊的な障りを受けていることに起因することも多かったりします。ですので、セッションによって、意識の深いところからの浄化は欠かすことができないんですね。
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心・意識の浄化が進むと受け取れるものも変わる
セッションと天啓気療によって、心・意識の浄化を行うことで、心が明朗になり、オーラも美しくなり、自然に瞑想ができるようになり、徳エネルギーを育むこともできるようになります。
で、こうした状態で瞑想会に参加しますと、その方自身が、瞑想会のエネルギー・フィールド形成に与(くみ)するようにもなり、良質で高いエネルギーの場(フィールド)が作られるようになります。
で、参加されている皆さまが、素晴らしい恩恵にも浴することができるようにもなります。恩寵(おんちょう)も作用しやすくなります。
で、浄化が進みますと、自然に座れるようになったり、思考の多さが減ることで「あるがまま」がわかりやすくなったり、やわらかな雰囲気にもなってまいります。
そうして瞑想的な恩寵を受け取ることができるようにもなります。
その方自身が楽になるだけでなく、瞑想会の場から恩寵を受けると同時に、恩寵に与するようにもなります。
このような双方向性の関係も出てきます。
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まとめ
瞑想会には、こうした作用があることは、もしかするとほとんど知られていないかもしれません。が、実のところものすごく大切なことだったりします。
とても精妙といいますか、デリケートなことですので、理解され難いと思いますが、少なくとも私の瞑想会では、こうしたエネルギー的な観点、徳や善の観点も大切にしているということになります。
瞑想会は、ただ皆で集まって座るだけの場ではありません。やわらかくゆったりとした雰囲気、徳や善の感じられる空気感、そうした良質な場があることで、瞑想は自然に深まりやすくなります。
逆にいいますと、場が荒れれば、瞑想のしやすさも損なわれやすくなります。ですので、参加条件や面談、必要に応じたセッションや天啓気療にも意味があるんですね。
このような瞑想会になりますが、参加される皆さまにはご理解をいただければと思います。

