プレゼンスとは何か?
瞑想の一里塚である「プレゼンス」。プレゼンス(現在)は「いまここ」のことです。
しかし、瞑想におけるプレゼンスは、「気づき」「いまここ」が本当にわかるステップです。
プレゼンスとは「真我(本当の自分)」への入り口だったりします。真我の味わいがわかった状態。
とはいっても、プレゼンスの本質は「真我」です。
あるいは、「徳」「愛」「善」という言い方もできます。
プレゼンスは「いまここ」「気づき」が本当にわかる段階
「いまここ」や「気づき」という言葉は、今ではかなり一般的になりました。けれども、言葉として知っていることと、実際にその状態がわかることは違うんですね。
プレゼンスとは、頭で理解した「いまここ」ではなく、実際に「いまここに在る」ことが、本当の意味でわかる段階をいいます。
段階という言い方は、必ずしも適切ではありませんが、頭脳や知的な理解、考えとしての「いまここ」ではない「体感としてのいまここ」という言い方ができます。
プレゼンスは単なる概念でもなく、スローガンではないんですね。実際の意識状態として、意識の質が変わった状態をいいます。
そのことを、「真我(本当の自分)」「気づき」「徳」「愛」「善」といった言い方もできるということになります。
プレゼンスは真我という高次意識への入り口
プレゼンス(気づき、真我)は、世界中の宗教の多くが「理想」としている高次意識の入り口です。意識における重要なターニングポイント。
ですので、人類の全てが「プレゼンス」にひらかれることが望ましかったりします。
AIが、人間の知的・創造的能力を超えるのはほぼ確かな時代。AI時代においては、プレゼンスやスピリチュアリティこそ、人類に残された精神的にフロンティアでしょう。
プレゼンスにひらけ、深まると、いろいろな副産物も生じてきます。魅力的な副産物、知られざる副産物もあります。
あまり副産物のことを言いますと、瞑想修行のさまたげになりますので、ここでは公言するのを控えたいと思います。
プレゼンスが重要なターニングポイントになる理由
プレゼンスは、ただ少し落ち着くとか、リラックスするとか、そういうことにとどまりません。
もちろん、そのような変化もありますが、本質的には、自分が言葉や感情や思考そのものではないことが、わかってくる入り口になります。
そうして非言語領域へと進んでいきます。
非言語領域は、AIはまったく介入できませんし、太刀打ちできない領域です。なぜならまさに言葉やロジックを超えた霊性、真我といった領域だからですね。
今後、人類が人類たる所以となるのは、この非言語領域への開眼になると感じています。つまりプレゼンス。
プレゼンスの意識は、高次意識への最初の扉です。ここから先は、単なる知識や観念ではなく、実際の意識の変化として歩みが始まっていきます。
AI時代には必須の意識であり感性になると思っています。
真我とは何か
プレゼンスは真我の入り口ですが、その「真我」とは、文字通り「本当の自分」をいいます。インドのウパニシャッドで使われた言葉ですね。
テーラワーダ仏教では「名色分離智(みょうしきぶんりち)」といっています。ここに達すれば、ミャンマーでは出家するように勧められます。
キリスト教修道士では「神意識」「見神体験」「照明(しょうみょう)」といっています。
キリスト教プロテスタントでは、「聖霊体験」といっています。
タオでは、「徳」「一(いち)」といっています。
スピリチュアルでは「源泉(ソース)」といっています。あるいは「宇宙意識」。
OSHOは「目覚め」と言っています。
真我の呼び名はいくつもあります。で、その「真我」の味わいがわかるようになる最初のステップがプレゼンスということですね。
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真我の呼び名は宗教ごとに違う
宗教や思想によって、「真我」の呼び名は違います。それぞれの教義や文脈で語られている説明も異なります。
けれども、それの言葉が示している奥・深層には、共通する性質があります。
それが上記にあげた各種の言い方ですね。
その中でも私は「真我」という言葉をよく使っています。
そういうことになります。
プレゼンスはスピリチュアリティの開眼でもある
プレゼンスは、言葉がライトなこともあってか、軽く受け流されやすいように思います。
けれども、実は非常に重要な意識の有り様だったりしまし。
宗教やスピリチュアルのことが、考えや想像ではなく、自ずとわかるようになるステップでもあったりします。
スピリチュアリティ(霊性)の開眼だったりします。
霊性(スピリチュアリティ)とは何か|瞑想実践に欠かせない感受性・善性・正見
一般的なスピリチュアルと霊性は同じではない
なお、ここで言っているスピリチュアリティは、一般に言われる「いわゆるスピリチュアル」とは違います。
不思議な話を信じるとか、神秘的な話題に惹かれるとか、そのような底の浅い向き合い方をする性質ではありません。
スピリチュアリティとは、真摯に向き合う姿勢が根底にあり、また自然な倫理道徳観や善性が自分の内側から生じてくる感覚がベースにあります。
軽薄で騒がしいスピリチュアルとはまったく異なります。
ですので、スピリチュアリティのことを「霊性」ともいっています。
プレゼンスにひらかれることは、いわゆるスピリチュアルとはまったく異なり、真のスピリチュアリに開かれることを意味しています。
スピリチュアリティの4つの特徴
なおスピリチュアリティには、
- この世には創造神(サムシング・グレート)がいらっしゃる感覚
- 輪廻転生がある感覚
- 霊的世界がある感覚
- 自然な倫理道徳観
こうした感性があります。
といいますか、これら4つがスピリチュアリティ(霊性)の特徴でもあったりします。
ただ単に「不思議なスピリチュアル(いわゆるスピリチュアル)」ではなかったりします。
ちなみにこれら4つのことを原始仏教では「正見」といっています。
4つの特徴は霊性の成熟度を見る目安にもなる
この4つ(正見)は、単なる信条というより、霊性が開いてくると自然に生じる感性とも言えます。
創造神が存在する感覚、輪廻転生が実在する感覚、霊的世界がある感覚、そして自然な倫理道徳観。こうしたものが、観念ではなく実感として少しずつわかってまいります。
ですので、スピリチュアリティを考えるときは、ただ不思議なことを語れるかどうかではなく、こうした感性が自然に出てきているかを見ることが、一つの目安になります。とても大事なエッセンスです。
スピリチュアリティは一般的なスピリチュアルと異なる
スピリチュアリティは、「いわゆるスピリチュアル」を含むこともあります。が、スピリチュアリティは、「いわゆるスピリチュアル」ではありません。
スピリチュアリティに開かれると、バランス感覚も自然に生じてきています。
叡智(智慧)も生じてきます。
世界が平和になる意識、それがプレゼンス。人類の全てが到達したほうがよいと思う所以です。
ご縁のある方にアドバイスしていきたい

私は、何年にもわたって実践を行い、仮説と検証も繰り返してきています。
その甲斐があってか、最近では周囲にもプレゼンスにひらけた人が、何人か出てきています。
私は求道精神が強く、10代の頃からこうした道を歩み、体験や経験を重ねてきています。エネルギー、チャクラなどの話しもすべて体験ベースです。
こうした経験・体験は、他の人にも役立つと思い、瞑想へのアドバイスを2015年頃から始めています。
今では「こうやればプレゼンスにひらきやすくなるんだ」というのがおおよそわかってきました。
2015年からぼちぼちとアドバイスを始めてきましたが、これからは、多くの方がプレゼンスにひらける活動に力を入れていこうと考えています。
もちろん従来通り、講師を招いた瞑想会も開催します。
しかし、この手のことは、「さあ、皆さん、誰でもOKですよー」といった性質ではないと感じています。
少なくとも、今の自分には、誰でも歓迎して、適切に対応ができるとは思えません。
自然にご縁ができる中で、アドバイスをしていくかたちになると思います。
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