瞑想には意欲・熱意が欠かせない
毎月、瞑想会を開催しています。
瞑想では「続けること」が大事でして、このことは何度もお伝えしています。
ですが「続ける」ことに加えて「意欲・熱意」もまた大事なことがわかってきます。
というのも「続けることが大切」といっても、「言われたから続ける」というのでは、本当の意味での「続ける」ではないからなんですね^^;
「続ける」ということは、「意欲・熱意」をもって「続ける」ということだったりします。ですので「意欲・熱意」はとても大事になってまいります。
「続ける」だけでは足りない
瞑想では続けることが大事です。
けれども、ただ形だけ続けていればいいのかといえば、そうではありません。
言われたからやる。なんとなく続ける。惰性で座る。そうした続け方では、続いているように見えても、中身が弱くなりやすいんですね。
やはり、そこには自分で求める気持ち、進みたい気持ち、わかりたい気持ちが必要になります。
意欲・熱意をもって続けることが大事
瞑想は、ただ回数を重ねればよいというものでもありません。
もちろん回数や年月も大事です。
ですが、それ以上に、自分で求めながら続けているかどうかが大きいんですね。
このことを発心(ほっしん)といいます。
自分から求めて熱意をもって実践を進めてゆく。
意欲・熱意というのは、単なる気分の問題ではなく、実習への取り組む姿勢そのものになります。
瞑想は毎日行うことが大切
瞑想を毎日、熱心に続けていますと、1年もすれば進んでゆくようになると思います。
けれども一方で、なかなか進まず、何年も悪戦苦闘を続けても、工夫をしたり試したりすることを重ねている中でブレイクスルーが起きる方もいます。
歩み方は人それぞれなんですね。しかし共通しているのは「意欲・熱意(熱量)」があること。で、「続ける」ということ。
この辺りに集約されてまいります。
歩み方は人それぞれ
ところで瞑想は、同じようにやっても、人によって進み方が違ってまいります。
比較的すっと入っていける方もいますし、長く悪戦苦闘しながら、あるとき突破口が開ける方もいます。
人それぞれなんですね。
ですので、他人と比べて一喜一憂しすぎないことは心にとどめておく必要があります。
そうして、続けていけば、誰でも花が咲く。
これを深く自覚することは大切ですね。
共通しているのは熱量と継続
ちなみに、それぞれの進み方が違っても、共通している点があります。
それは、熱量があること。続けることです。
結局、この二つがある人は、時間がかかっても前に進んでいくようになります。
ヤル気の無さは瞑想以前の問題
ところで、こちらにも書いた通りでして、瞑想を続けることができない以前に、ヤル気が無い、否定的、ネガティブなメンタリティは、お伝えしている瞑想実践では問題になります。いわゆる「瞑想以前」になります。
- 続けることができない
- ヤル気がない
- いい加減にやる
- とかく否定的、ネガティブ
- 精神的に不安定
この姿勢では、まず瞑想は進歩はしません。また精神的な向上を望むことは難しくなります。自ら求める気持ちを持っていただきませんと、お伝えしている瞑想実践は大変難しいとお考えください。
ヤル気・否定性・ネガティブさは障害になる
ここは厳しく聞こえるかもしれませんが、実際そうなんですね。
否定的で、後ろ向きで、いい加減で、やる気もない。そのような状態では、瞑想以前に、実習そのものが成り立ちにくくなります。
瞑想はただ座れば進むものではなく、自ら求め、気づき、修正し、続けていくことが必要だからですね。
自ら求める気持ちが前提になる
ですので、お伝えしている瞑想実践では、「自ら求める」ということが大前提になります。
こちらがどれだけお伝えしても、本人の中に求める気持ちがなければ、実際には深まっていきません。
だから「ヤル気の無さは瞑想以前」ということになるんですね。
瞑想実習ではレベルの高いところを目指している
そもそも瞑想実習では、非常にハイレベルなことも行っています。また目指しています。
こう言っては申し訳ありませんが、ヤル気がないなどの否定的なメンタリティがお強いと、他に参加している方々への迷惑にもなってしまいます。
後ろ向きだったり、否定的な姿勢が強い場合は、ゆるっとサンガへの参加を控えさせていただいています。
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この点はご理解をいただければと思います。ヤル気、意欲は大前提になっています。
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参加者全体への影響もある
瞑想会は一人で勝手にやる場ではなく、場全体で実践していくところがあります。
ですので、一人の後ろ向きさや否定的な空気が、他の参加者にも影響してしまうことがあるんですね。
その意味でも、参加にあたっては、最低限の意欲や前向きさが必要になります。
ヤル気・意欲があれば大丈夫
けれども、もし瞑想ができない・続かないという方であっても、ヤル気、意欲があれば大丈夫です。
やはり「ヤル気」は大事なんですね^^
モチベーションです。
取り組む意欲。
仏教では「精進力」といっています。
ヤル気、精進力がありませんと、瞑想だけでなく、何事においても成果が出ませんのでね。
できない人でも意欲があれば進める
ここは希望のあるところです。
今はできない、続かない、うまくいかない。そういう方であっても、意欲や熱意があるなら、まだ大丈夫なんですね。
なぜなら、意欲がある方は、工夫しようとしますし、学ぼうとしますし、試行錯誤を続けようとするからです。
その差は大きいです。
精進力がある人は伸びる
仏教でいう「精進力」というのは、単に頑張ることではありません。
よい方向へ向かおうとする力、続けようとする力、求め続ける力です。
この力がある人は、時間がかかっても、やはり伸びていきます。
真我系ヒーリングを受けると改善することがある
もっとも、天啓気療やセッションといった真我系ヒーリングを受けると、ネガティブなメンタリティが改善することも多々あります。
ですので、ヤル気が出てこない、ネガティブなメンタリティが強い方は、瞑想会には参加できませんが、まず天啓気療やセッションを受けていただくことからおすすめしています。
また、これらの真我系ヒーリングは、瞑想の進み具合をサポートもします。
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しかしながら、それでも「意欲・熱意(熱量)」をもって続けることが必要になってくるんですね。残念ながら魔法のようなものはありません。また即行的にできるような性格ではないんですよね。
中には天分に恵まれていて、すーっとできてしまう方もいますが、こうした方は稀(まれ)になります。
助けにはなっても魔法ではない
ヒーリングやセッションは、たしかに助けになります。
けれども、それで全部が自動的にうまくいくわけではありません。
やはり最終的には、本人の意欲、熱意、続ける力が必要になります。そこを抜きにしては進みにくいんですね。
瞑想は「なる」「起きる」という性質
現代人は、小さい頃から「目的志向」の教育を受けて育ってきています。何かになろう、達成しよう、作り上げようとする趨勢です。が、これは現代の生活においては欠かせません。
けれども、この趨勢が、実のところ瞑想の進展をはばみます。阻んでしまうんですね。
瞑想は「なる」「起きる」という性質があって、自ら「作り上げる」「行う」とすると決してうまくゆかない性質があります。
ところが、現代的なクセが染みついていると、瞑想を「しよう」「行おう」としてしまいがち。現代人に多い「こうすれば、こうなる」といった因果関係やロジックに基づく思考や発想が、瞑想の進展を阻害しているように感じています。
瞑想の実習を通して、小さい頃から培われてきたクセに「気づく」しかも「深く気づく」必要があります。
意欲は必要だが、作り上げるのではない
ここが瞑想の難しいところでもあります。
意欲や熱意は必要です。けれども、その熱意で無理に瞑想状態を作り上げようとすると、かえってズレてしまいます。
つまり、意欲は必要。でも、操作はしない。この一見矛盾するようなところが、瞑想の特徴なんですね。
深く気づくことが必要になる
ですので、現代人に染みついた目的志向、達成志向、操作しようとするクセに、深く気づく必要があります。
そのクセに気づけてきますと、瞑想は少しずつ「するもの」から「なるもの」「起きるもの」へと変わってまいります。
瞑想実践は厳しい一面がある
で、こうした「クセ」に気がつくまで、悪戦苦闘を重ねることも多いのではないかとも思います。
で、これを乗り越えるためにも「意欲・熱意」が大切。そういうことにもなってまいります。
悪戦苦闘、凹んだりしながらも続けていくことは、出てくると思います。で、これが気づきの瞑想、観察瞑想、あるがまま系瞑想の厳しい点であったりもします。
悪戦苦闘は出てくる
ここは、きれいごとでは済まないところです。
やっていて凹むこともありますし、進んでいないように感じることもあります。自分のクセが見えて嫌になることもあるでしょう。
そうした悪戦苦闘は、実習上かなり自然なことでもあります。
そこを越えるにも熱意が必要
けれども、そこで投げずに続ける。もう一度やってみる。工夫する。修正する。
そのためにも、やはり意欲・熱意が要るんですね。
ここでも、熱量はとても大事になります。
お気楽さと意欲・熱意
だからこそ、お気楽に、ゆるっとといったおおらかな姿勢が大事なんですね。で、「意欲・熱意」が大切ということなんですね。うわべの調子のよさ、軽さではなかったりします。
もっとも意欲や熱量は、何も瞑想に限ったことではありませんね。「意欲・熱意」はあらゆることに大切になりますね。
以上、厳しい内容を含むかもしれませんが、瞑想実習における大切なことになります。ご理解をいただければと思います。
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力みすぎてもダメ
ここまで意欲や熱意が大事だと言ってきましたが、だからといって力みすぎればよいわけでもありません。
熱量があっても、固くなりすぎたり、追い込みすぎたりすると、瞑想はかえって不自然になってしまいます。
ゆるっとしながら熱量を持つ
ですので、理想は、お気楽さと熱量が同居している状態です。
ゆるっとしている。けれども本気ではある。おおらかだけれど、求める気持ちはしっかりある。そうした在り方が望ましいんですね。
軽さと本気は両立する
表面的な軽さ、調子のよさではダメです。けれども、だからといって、いつも重々しく深刻である必要もありません。
本気でありながら、どこか軽い。ゆるっとしていながら、熱意はある。この両立が実習では大切なんですね。

