「手放す」「何もしない」の本当の意味|瞑想で大切な注意点と智慧

「手放す」「何もしない」は文字通りではない

「手放す」
「何もしない」

瞑想の説明で使いますね。

しかし注意点があります。
そもそも「手放す」とか「何もしない」を文字通り解釈すると、生命力を失った枯れ木のようになってしまいます。

これでは不自然過ぎて違和感が出てきますね。

あるがまま・いまここ系の瞑想の土台については、瞑想はあるがまま・いまここ瞑想から始めるのがおすすめも参考になります。

つまり、「手放す」「何もしない」というのは、何かを止めることでも、生命力を失うことでもありません。そうではなく、余計な作為や力みを抜いて、自然なあり方に戻っていくことを指しているんですね。

本当は天然自然な様、ここに至らせるための説明なんですね。

ところが、この言葉だけを切り取って受け取りますと、受け身になりすぎたり、無気力になったり、現実への関わりまで弱くなったりすることがあります。そこに注意が必要なんですね。

なぜ「手放す」「何もしない」は誤解されやすいのか

しかし、とかく誤解されやすいと思います。

言葉だけを見ますと、何もしないほうがよい、関わらないほうがよい、考えないほうがよい、という方向へ行きやすいからです。けれども、瞑想で大事なのは、そうした不自然な停止ではありません。

瞑想で力みを減らし、自然なあり方に近づいていくコツについては、瞑想のコツと上達法|重要ポイントと実践で深めるための方法も参考になります。

瞑想が深まると生き方の問題に向き合うようになる

さらに、瞑想は単なるリラックス法ではありません。実践が深まってきますと、自分の心の在り方だけでなく、社会との関わり方や、生き方そのものも問われるようになってきます。

で、瞑想が深まってくると、今度は社会との折り合いといいますか、生き方を考え出すこともでてきます。

このとき大事だと思うのが、この世界の仕組みや構造を知っておくことだと思っています。

瞑想における気づきや感じる力については、瞑想の極意「気づき」とは何か|感じる力・感受力の本質を解説でも詳しくまとめています。

現代社会の仕組みをどう受け止めるか

端的にいいますと、19世紀以降はグローバル資本主義ですね。陰謀論とか言われそうですが、一部の金融資本家らは19世紀以降、世界に大きな影響を与えていることは事実ですね。

もちろん、一人二人の人間が世界を牛耳っているとか、トカゲ宇宙人やら怪しげなフリーメーソンが支配しているというのは、人間の営みを踏まえると、そうなのかなあと疑問を抱きます。

で、さすがにそれは無いだろうと、いわゆる陰謀論はワタクシは信じていません。

が、「より大きく儲けるぞ」「倫理を吹っ飛ばしても儲けてやる」という強欲資本主義で突っ走っている金融資本家や、これに賛同し連なる人が増え、格差当然の現在のグローバル資本主義が大手を振るようになっているんじゃないかと思います。

結局は「生き方」「信条」の問題ですね。儲けのためには「今だけ、金だけ、自分だけ」でいいじゃんという有り様です。

瞑想では受け止め方と智慧が大切になる

瞑想を実践・実習する人は、、こうした仕組みと構造を抱えた現代社会を知って、適切な生き方を探り、構築することも必要じゃないかと思います。

話しが脱線したかの見えますが「受け止め方」は大切なんですね。

ちなみに瞑想中の思考や受け止め方については、瞑想では思考・考えが出ることは良くないのか?も参考になります。

それで、瞑想における「手放す」「何もしない」は、現実から目をそらすことではありません。

むしろ、現実を適切に見て、必要以上に巻き込まれずに、どう生きるかを見極めていくことと関わっています。
ですので必然的に理解力、洞察力が欠かせなくなります。

少なくともお伝えしている瞑想は「智慧の瞑想」とも言われるくらいで、知恵や洞察が欠かせなくなります。

瞑想では、微細な領域を取り扱うようになり、繊細かつデリケートにもなってきます。

これと関連して、今どんな舞台の上に立っているのかを知ることも大事ですね。

観察や気づきの瞑想で大事なことについては、観察瞑想、気づきの瞑想で大事なことでも補足しています。

瞑想を深めるには歴史や構造を学ぶことも大事

ですので歴史を学ぶことも大事になってきます。

知性を適切に使っていくことが、この瞑想の特徴の一つじゃないかとも思います。

知性や理解力、洞察力を適切に使いながら、余計な作為を減らし、自然なあり方に近づいていく。そこに、この瞑想の大事な特徴があるのだと思います。

瞑想を深めていくための実践全体については、本当に自分が変わる・瞑想「4つの実践」とは?もあわせて参考になります。

まとめ|「手放す」「何もしない」を活かすには智慧が必要

「手放す」「何もしない」という言葉は便利ですが、文字通りに受け取るとズレやすくなります。

大切なのは、生命力を失うことでも、現実から逃げることでもなく、不自然な作為を減らして、自然なあり方に戻っていくことです。

そのためには、心の観察だけでなく、受け止め方、理解力、洞察力、そして社会や歴史への視野も欠かせません。

その意味で、この瞑想は「智慧の瞑想」といえるのだと思います。

瞑想を続けていくことの大切さについては、瞑想は続けることが最も大事もご覧ください。

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