瞑想をしていると、「これでいいのかな」「全然できていない気がする」と感じることがあります。
静かに座っているつもりでも、思考が次々と浮かんできたり、落ち着かない時間が続いたりすることもあるでしょう。
こうした状態は、特別なことではありません。
むしろ、多くの人が最初に通る自然な過程です。
この記事では、特に瞑想を始めたばかりの方向けに、瞑想ができないと感じる理由と、そのときにどのように向き合えばよいのかを整理していきます。
なお瞑想の基本から知りたい方は瞑想のやり方も参考にしてください。
瞑想ができないと感じる5つの理由
瞑想がうまくできない理由は、人によって細かな違いはありますが、かなり共通した原因に集約されます。
瞑想がうまくできない理由は、大概、次の5つに集約されてきます。それは、
- 考えすぎ・想像のし過ぎ
- 情緒や感情が激しすぎる
- 自律神経の乱れ・体の緊張
- 瞑想が合っていない
- サンカーラ(心のクセ)の影響
この5つに集約されてきます。
もっとも、この5つ以外にもあります。
つまり、瞑想ができない理由は、単に「やり方を知らない」だけではないんですね。
日頃の思考のクセ、感情の乱れ、身体の緊張、日常の在り方などが、そのまま瞑想にも表れてくるってことなんですね。
ですので「日々の言動を適切にする」「認知をよくする」ということも大事になってくるわけですね。
しかし瞑想がうまくでいない理由や障害は、大概、上記の5つになります。
なお瞑想の基本的なコツについては瞑想のコツと上達法をお読みください。
1.瞑想が深まらない原因に多い「考えすぎ」
瞑想が深まらない原因で特に重要なのが、「考えすぎ(思考が強い)」「想像のし過ぎ(妄想が多い)」という点です。
思考そのものは悪いものではありません。よく考えること、洞察すること、物事を深く見ることには価値があります。
けれども、答えの出ないことや、事実かどうか確かめにくいことを考え過ぎたり妄想し過ぎることはよくありません。
考え過ぎ・妄想のし過ぎは「思考・妄想にベッタリ」であって、こうした状態は瞑想の妨げになります。
現代人は、学校教育や社会の価値観の中で、「考えることは良いことだ」と強く教えられてきました。
その結果、思考・観念・言葉・教えに偏りすぎてしまい、心が休まらない状態になりやすくなっています。
考えすぎ・妄想が多い状態とは
たとえば、
- 同じことを頭の中で何度も反すうする
- 答えの出ない精神的な問題を考え続ける
- スピリチュアルな想像や空想に傾きすぎる
- 言葉の定義や理屈にこだわりすぎる
こうした状態では、瞑想が難しくなります。
なぜなら、何を見るにも、何を感じるにも、必ず強い理解・解釈・判断が入ってしまうからです。
ですので、瞑想ができないときは、まず「思考があること」ではなく、思考にベッタリになっていないかを見直す必要があります。
2.情緒や感情が激しすぎると瞑想しにくい
もう一つ大きな原因が、情緒や感情の激しさです。
ひどく落ち込んでいるとき、怒りが強いとき、不安や恐れがあふれているとき、心は非常に動きやすくなっています。
こういう状態では、静かに座ろうとしても、そもそも落ち着かなくなることもしばしば。
これは「瞑想が向いていない」というより、心身が瞑想しやすい状態ではない、ということなんですね。
感情が強いときの対処法
この場合は、無理に座り続けるよりも、
- 短時間にする
- 呼吸や身体感覚にやさしく戻る
- 祈りやハート瞑想を併用する
- 日常の言動や認知を整える
- 真我系ヒーリングを受ける
が役に立ちます。おすすめしている「4つの実践」ですね。
心の荒れが強いときほど、「何とかしよう」としないで、まずは心が穏やかになれるアプローチを採るのがおすすめです。
なお日頃から、怒ったり、怒鳴ったり、恨んだり、憎んだり、羨望する、嫉妬する、非難するなどの荒々しい感情の多い生活をしていると、瞑想そのものが困難になりがちです。
瞑想中に不安や落ち着かなさが出る場合は、こちらも参考になります。
3.自律神経や体の緊張も大きな要因
瞑想は心だけの問題ではなく、体の状態も非常に大きく関わっています。
たとえば、
- 眼や口(噛みしめ)、首、肩に力が入っている
- みぞおちが固い
- お腹が固い
こうした状態では、落ち着きにくくなります。
また自律神経のバランスが乱れていたり、無自覚の緊張が慢性的にあると、座っても「ゆったり」「ほっこり」しにくくなります。
瞑想時のリラックス感である「ほっこり」「ゆったり」「そのまんま」は、単なる気分の問題ではなく、心身が自然な状態に戻っていく土台でもあるんですね。
逆にいえば、その感覚がまったく出ないときは、見直しが必要だということでもあります。
体の緊張は無自覚になっている場合もある
なお「体の緊張」は自覚できていないケースもあります。
無自覚的に体に緊張が入っている場合です。こちらは改善に時間がかかります。
頭では「リラックスしよう」と思っていても、眼や肩、首、胸、お腹、みぞおち、腰などに無自覚の力が入っている場合があります。
こうした緊張した状態では、気づきの瞑想も、あるがままの瞑想も進みにくくなります。
自律神経と体の緊張をゆるめる対策
自律神経と体の緊張をゆるめる対策としては、
- ボディワーク(気功、ヨガ、太極拳など)を取り入れる
- 臍下丹田に軽く意識を置く
- 体に力を入れず、やわらかく座る
- 必要に応じて自律訓練法などを使う
- 天啓気療を受ける
といったものがあります。
なお、臍下丹田に意識を置くといっても、力を入れて固めるのではありません。あくまで軽く自然に意識を向けることが大切です。
また天啓気療を受けることは、当方としてはおすすめしています。自律神経がととのい、その他、メンタル的にも落ち着くようになります。
4.サンカーラ(心のクセ)が影響していることもある
もう一つ重要なのが、「サンカーラ(心の反応パターン)」です。
これは簡単に言うと、
- 無意識の思考のクセ
- 感情の反応パターン
- 条件づけ
のことです。
サンカーラは無自覚になっていることが多くなっています。
瞑想中に、
- 同じ考えが何度も浮かぶ
- 特定の感情が繰り返し出る
- 漠然としたモヤモヤを感じる
といった場合は、このサンカーラが関係している可能性があります。
これは無理に消すものではなく、気づいていくことで少しずつ弱まっていくものです。
そのため、瞑想ができないと感じるときほど、実は「内面が見えてきている段階」とも言えます。
5.瞑想が合っていない
瞑想がうまくゆかないと感じる場合、本人の努力不足というよりも、今の自分に対して瞑想のやり方や種類が合っていないことが原因になっている場合もあります。
瞑想には合う合わないがあります。
その瞑想法にこだわるのではなく、瞑想の種類や強さを見直したほうが、かえって進みやすくなることがあります。
感受性が高い人は「感じすぎること」で瞑想しにくいこともある
それと感受性が高い人は、「感じすぎること」が大きな原因になっていることがあります。
たとえば、気づきを入れる瞑想の場合、気づきが強くなってしまう。また少しの物音や周囲の気配が気になってしまう、身体の違和感や緊張を強く感じてしまう、不安や悲しみなどの感情が静かに座ったとたん前に出てきてしまう、といったことです。
このような方は、内面や外側の刺激を強く感じてしまい(拾ってしまい)、かえって瞑想がゆまくゆかなくなることがあります。
この場合、「瞑想に向いていない」というより、感受力の高い人向けの瞑想を行うのがおすすめになります。
感受性が高い人は瞑想がつらくなる?気づきすぎる人の注意点と対策
つらいときは瞑想の種類や強さを調整する
もし瞑想がつらい場合は、無理に同じやり方を続ける必要はないんですね。
大切なのは、深くやろうとすることよりも、今の自分に合ったやり方で無理なく続けることですね。
瞑想は、自分に合った瞑想を違和感なくできるほうがよかったりします。自然に深まりやすくなります。
瞑想の種類や、自分に合うやり方については、こちらの記事も参考になります。
初心者に多い瞑想における5つの間違い
ちなみに、上記の「瞑想ができない5つの原因」のほかに、初心者が瞑想でつまず原因に、次のような間違いがあります。
- 思考を止めようとする
- 無になろうとする
- 言葉を意味通りに実行しようとする
- 正しくやろう、完璧にやろうとする
- 気づきを「理解・解釈」で行う
1.思考を止めようとする
まず、「思考を止めようとする」のは逆効果です。
思考を止めようと意図すると、その意図自体が緊張や焦りをもたらし、新たな思考を生みだして、頭の中がさらに窮屈になります。落ち着きも欠いてしまい、悪循環に陥ります。
2.無になろうとする
「無になろう」とするのも同じです。
無になろう、手放そう、何もしないようにしよう、と意図的にやるほど不自然になります。ネガティブなメンタリティを醸成することがでてきます。
たとえば、虚無感や違和感、意欲の低下のような方向に行ってしまうこともあります。ひどくなると厭世観となって、悪い意味での仏教のイメージ(出家遁世)にも連なっていきます。
3.言葉通りに行う
また「手放す」「何もしない」「そのまんま」といった言葉も、言葉の意味通りに意図的に行うものではないんですね。
ここは盲点です。
本来は、あれこれと操作しないでいると、結果として余計な力みや条件づけが自然に落ちていく、という意味になります。
4.正しく完璧にやろうとする
また「正しくやろう」「完璧にやろう」とするのも間違いです。「理想の状態を追い求める」ことをしているんですね。
理想状態は、結果として現れることがあっても、意図的に作り上げてはいけないんですね。
意図的に何かを作ろう・なろうとする姿勢は、瞑想の妨げになります。
瞑想は、無理なく、ナチュラルに行っていきます。
5.気づきを「理解・解釈」で行う
また、現代人に多いのが、「気づき」が理解・解釈・判断になってしまうことなんですね。
何かを感じた瞬間に、すぐに意味づけしたり、分析したり、言葉にしたりしてしまう。
すると、生の体感よりも「頭の理解」が前に出てしまいます。
この状態では、気づきの瞑想がわかりにくくなります。
気づきの瞑想が難しいと感じる場合は、原因と対処をまとめた記事も参考になります。
気づきの瞑想がうまくできない原因|「理解の気づき」が盲点になる
瞑想ができないことへの具体的な対策
ここまでの内容を踏まえて、具体的な対策を整理します。記事中でも対策については触れましたが、まとめると、次の通りとなります。
瞑想ができない5つの理由への対策
瞑想ができないと感じている人が抱えやすい5つの原因に対する具体的な対策は、以下の通りです。
- 考えすぎ・想像のし過ぎ
- 情緒や感情が激しすぎる
1と2は、習慣やクセになっていることが多いですので、習慣やクセを改めることで解決しやすくなります。 - 自律神経の乱れ・体の緊張
- サンカーラ(心のクセ)の影響
3,4は、ボディワークをしたり、天啓気療を受け続けることで改善してまいります。 - 瞑想が合っていない
自分に合った瞑想を行うようにします。
初心者にありがちな原因への対策
また初心者に多い瞑想への勘違いから来る「瞑想ができない」ことへの対策は、以下の通りです。
- 無理に長時間行わない
- 呼吸や身体感覚に戻る
- 評価しない
- そのまんまを意識する
- 体の力を抜く
- 日常の心の在り方も整える
まず、瞑想を長くやろうとしないことですね。
時間は短くて構いません。
最初から20分、30分、1時間やろうとすると苦しさが強くなってしまいます。まずは敷居を下げて5分から始めてみましょう。
次に、何かに気づいたら、ただ戻ることです。
雑念を消そうとしない。
良い悪いを判断しない。
呼吸、体感、今の感覚に戻る。
そして、「そのまんま」を大切にします。
手を加えようとせず、操作しようとせず、そのままを重視して行う。すると時間はかかっても、余計なものが少しずつ落ちていきます。
さらに重要なのは、瞑想だけで何とかしようとしないことです。
日常的な言動、礼節、やさしさ、思いやり、サービス精神といったものも、心を整える土台になります。で、瞑想への促進効果が感じられるようになります。
瞑想ができないと感じるケース事例
上記ではわりとありがちな「瞑想ができない5つの原因と対策」、初心者にありがちな「瞑想の間違い」をご紹介しました。
以下は、初心者に限らず「瞑想ができない・うまくできない」と感じる代表的な事例をまとめてみました。
上記であげたことと重複するケースもありますが、「瞑想ができない」と感じるケース「あるある」事例をあげて、あわせて対策やアドバイスもご紹介します。
なお「思考」と「雑念」とは厳密にいえば異なります。
・思考・・・はっきりとした考え
・雑念・・・漠然とした想念
といった違いがあります。このことも踏まえて、以下をお読みください。
瞑想で考えてしまう・考え事が止まらないケース
瞑想をすると、かえって考えてしまう、考え事が止まらないということで「瞑想ができていないのでは?」と悩むケースがあります。
いわゆる「思考」が起きることになりますが、これは「瞑想あるある」の悩みの典型です。
思考は、はっきりとした考え、明瞭な考えになりますが、こうしたハッキリとした考えが浮かんでくるのは、多くの場合「考えてはいけない」と思うほど、余計に頭が働いてしまうことに原因があります。
言い換えると、思考を止めようとする意志そのものが、新しい思考を生みだしてしまう。
ですので、考え事が出てきたら、止めようとするのではなく、「考えていたな」「思考が起きたな」と気づくだけで十分です。
大事なことは「考えをなくすことが瞑想ではない」ということですね。思考、考えが出てきても「そういうものだ」として、瞑想の対象に意識を向けるようにします。
瞑想が雑念だらけと感じるケース
瞑想すると雑念(漠然とした想念)だらけになる、瞑想中に雑念が多すぎる、という悩みもわりと多くの方が抱く悩みですね。初心者には多い傾向です。ある意味、「瞑想ができない」とする典型です。
ですが、雑念が出るこも、瞑想の失敗ではありません。
仕事のこと、人間関係、過去の後悔、未来の不安など、モヤモヤとした漠然とした想念が、いろいろと浮かぶのは自然なことです。
むしろ瞑想を始めたことで、今まで見えていなかった心の動き(声なき声としての漠然とした想念)が見えるようになった、という面もあります。
大切なのは、雑念をなくすことではなく、雑念があることに気づきつつ、そのまま呼吸や身体へ戻ることなんですね。これが瞑想です。少なくとも、瞑想のスタートでは、こうした姿勢が大切です。
雑念を敵視しないことで(起きるものとすることで)、瞑想はむしろ進んでいくようになります。
瞑想で無になれない・無を目指して苦しくなるケース
瞑想で無になれない、という悩みもありますね。
けれども、そもそも「無になろう」とすること自体が、瞑想のつまずきの原因になります。
なぜなら、無を目指し始めると、「まだ無になれていない」「雑念があるから失敗だ」と評価が強くなり、かえって苦しくなるからです。
瞑想は、変性意識(特別な状態)を意図的に作ることではなく、いま起きていることにやさしく気づいていくことなんですね。
ですから、無になれないことを問題にするより、無になろうとしている自分の力みや期待に気づくことが大事になります。
瞑想では、無になる必要はありません。強いていえば、自然に「無」になっていきます。作ろうとしない、目指そうとしないことですね。
で、適切に瞑想が進んでいくと、無などの特殊な状態へのとらわれがなくなり、平時における意識の安穏さのほうが何倍も大切なことがわかってくるようになります。
で、無になることへの関心も薄れていくようになります。
瞑想で集中できない・意識が散ってしまうケース
瞑想で「集中できない」「瞑想の対象から意識がそれる」というお悩みのケースもよくあります。
けれども、そもそも「集中できていない自分はダメだ」「瞑想の対象から意識が散ってしまうのはダメ」と決めつけること自体がよくないんですね。
初心者の段階では、意識がそれるのは自然です。むしろ散ったことに気づいて戻る、その繰り返し自体が実践です。
集中しようと意識を凝らしすぎると、緊張が強くなります。で、これを続けていくと、ますます瞑想ができなくなっていきます。悪循環。
強い集中を作ろうとするより、呼吸や身体感覚にやわらかく触れ続けること。そうしているうちに、結果として落ち着きと注意が育っていきます。
瞑想では「理想の姿を目指そうとしない」ということが鉄則になります。
瞑想できてるかわからない・正解がわからないケース
「瞑想ができてるかわからない」「瞑想がわからない」という所感を持つ方は多いようです。
わりとおおまかな悩みになりますが、何をもってして「できているかわからない」ととらえているかになりますが、多くは「思考・雑念」に関することになると思います。
上記でもご説明した通りで、瞑想では、雑念や思考が出ても、それに気づいて、また呼吸や身体感覚にやさしく戻れているなら、瞑想は成り立っています。
「瞑想ができていない」のではなく、「特別な静けさ」などの変性意識や、本やYouTubeで見聞する「正解の感覚(理想の瞑想像)」を求めてしまい、自分で迷いの状態に陥らせているケースが少なくありません。
正解を求める、正しく瞑想ができているかどうかを気にしすぎる背景には、「理想的なものを求める」意図があります。
そうした意図、願望に気づいて、そうして横に置いて、「あるがまま」「いまここ」に根ざして、瞑想の対象にやさしく意識を向け続けることが大切です。
で、これが、このお悩みを解決する特効薬になります。
瞑想がうまくできないと感じるケース
瞑想がうまくできない、瞑想がうまくいかないと感じるときも、上記と同様で、実習不足よりも、「うまくやろう」とする力みが強くなっている場合が少なくありません。
早く静かになりたい、変化を出したい、ちゃんとやりたい、そうした気持ちが強まるほど、内側ではずっと意図的な操作が続いてしまいます。
その結果、呼吸もぎこちなくなり、心もギクシャクしてきます。
こういうケースでは、上手にやることを一度脇へ置き、少しゆるめて、あるがままに、やさしく瞑想の対象に意識を向けるのがいいですね。
瞑想で眠くなる・寝てしまうケース
瞑想をすると眠くなる、寝落ちする、寝ちゃう、寝てしまう、というケースもよくあります。
これは、瞑想に怠けているというより、体が疲れていたり、緊張がゆるんでリラックスが過ぎる場合が原因となっていることがあります。
ただ、毎回すぐ眠りに落ちるなら、姿勢や時間帯の見直しは必要です。
たとえば瞑想を行う時間は夜遅すぎる時間を避ける。瞑想の姿勢では背筋を少し起こす、椅子に座る。呼吸に対して明晰性を意識して気づく。こうした工夫や対応です。
なお人によっては、毎回、眠くなる・寝てしまう場合は、「惛沈(こんじん)」という心が原因になっていることも考えられます。これは「心の沈み込み」です。
惛沈(こんじん)は、心が不活発な状態をいいます。眠気(睡眠)をもよおすといわれています。で、惛沈はリラックスではありません。
沈み込んだ状態をリラックスと勘違いする場合もありますので、本当の意味でのリラックスを、瞑想していく中でつかんでいく必要もあります。
瞑想が苦しくなる・難しいと感じるケース
瞑想が苦手、瞑想が苦しくなる、瞑想は難しい、というお悩みを持つ方もいらっしゃいます。
このケースには大体3つあります。
頑張り過ぎ
一つは、頑張り過ぎ。力みすぎですね。あるいは無理なスケジュールを立てるなどの目標志向が強すぎる場合。どちらも「ガンバリズム」が根底にあります。
瞑想では、ゆるり、お気楽になっていくことが望ましいことが多いですね。ガンバリズムの方は、多少、いい加減なくらいが丁度よくなります。
感受性が高い
2つ目は、感受性が高く、意図的な気づきをすることで、かえってしんどくなるケースです。
感受性の高い方は、元々「気づき」はできています。
ですので「なんとなく」といったゆるい程度の気づきで充分です。つまり、ギクシャクしない程度の気づきで充分ということですね。
瞑想の指導者から「はい、気づきを入れてください」という指示や言葉を聞いて、そのまま意識的に行いがちですが、感受性の強い方は、意識的にやらないほうがおすすめです。
感受性が高い人は瞑想がつらくなる?気づきすぎる人の注意点と対策
また、リラックスやほっこり感を重視するやり方にしたほうがいいですね。
「ほっこり」は瞑想の効果を示す大事なサイン|善性・徳との関係も解説
瞑想が合っていない
また、そもそも今の自分に合っていない瞑想を続けている場合もあります。
苦手さを根性で押し切るのではなく、自分に合う瞑想を選んだり、瞑想のやり方にしていくのがおすすめです。
感受性タイプ別|自分に合った瞑想のやり方をわかりやすく解説
瞑想の種類一覧|7つの分類と違い・選び方・本質まで完全解説
瞑想が続かない・習慣にならないケース
あと、「瞑想が続かない」といったケースでは、最初から理想を高くしすぎている場合も多かったりします。
たとえば、毎日30分や1時間やろうとして負担になったり、一回ごとに効果が出ているかどうかをチェックし続けてしまい(管理が綿密すぎて)疲れてしまうことがあります。
瞑想では理想主義・生真面目さは大敵です。
5分でもよいので短く、同じ時間帯、同じ場所で行うほうが続きやすくなりますね。朝でも夜でも、自分が無理なく座れるタイミングを決めること。
瞑想は一気に完成させるものではなく、日々のちょっとした積み重ねの中で板についていくものと心得ておくほうがいいですね。
いい加減なくらいがよく、瞑想がもし続かなかったとしても、自分を責めないことも大切ですね。
実は瞑想が「できている」状態とは
多くの人は、瞑想中に考えが浮かぶと「失敗した」「できていない」と思います。瞑想を始めたばかりの初心者の多くは、
- 雑念が多い
- 正解がわからない
- 結果を期待しすぎる
- 体や心が緊張している
ということに対して「瞑想がでいない」と感じることが多かったりします。
けれどもこれらの理由は、表面的なことが多かったりします。
瞑想ができているとは?
けれども、実際はそうではないんですね。
瞑想では、
- 雑念や思考が出る
- それに気づく
- 呼吸や身体感覚、あるいはそのまんまの在り方に戻る
この流れが起きていれば、すでに瞑想は成立しています。
あとは、これを適切に深めていくことになります。
ですから、雑念があること自体は悪いことではないんですね。出るのは当たり前です。
雑念・思考との関わり方
人間は誰でも、頭の中で思考やイメージが浮かびますし、初期の段階では瞑想中にも自然に生じます。瞑想が深くなってもモヤのように生じます。
問題なのは、思考が出ることそのものではなく、思考にベッタリになって、それが当たり前になりすぎていることに気づかないことなんですね。
これが問題です。つまり、思考との向き合い方・関わり方なんですね。
「雑念がある=できていない」ではありません。
「雑念があってもそのまんま=瞑想している」ということなんですね。
この捉え方に変わるだけでも、瞑想に対する苦手意識(できていない)はかなり減ります。
できているか不安な方へ
「これで合っているのか分からない」と感じる場合は、客観的なチェックも参考になります。
瞑想が進みやすい人の5つの特徴|ゆるっと瞑想会で重視していること
瞑想ができるための認知
実際のところ「瞑想だけ」でどうのこうのとしようとしては、うまくゆかなかったりします。日常的な心の有り様(認知)が、そのまま瞑想にも反映されてくるのが本当のところだったりします。
で、「日常的な心の有り様(認知)」といっても、厳密にいえば「良い人になろう」とか「こうしよう」とするのではないんですね。といいますか、こうした「なろう」とするのは主になりません。
それよりも瞑想の障害となっている諸々が減っていくことで、瞑想が進むようになるってことだったりします。
ちなみに認知とは、物事をどう受け止めるか、どう考えるか、どう反応し、どう行動するかという、日常の言動全体のことをいいます。
認知が関わる5つの障害
で、その障害のうち「認知」が関わっていることは、先ほどの5つの理由のうち、
- 考えすぎ・想像のし過ぎ
- 情緒や感情が激しすぎる
- 自律神経の乱れ・体の緊張
- サンカーラ(心のクセ)の影響
この5つですね。これらが関係して、瞑想がうまくできない障害となっています。大きな原因です。
なお瞑想中の思考については瞑想中に思考が止まらないのはよくないこと?をご覧ください。
日々の生活における言動を適切にする
そこで、認知を適切にすることが大事になってまいります。
具体的にいいますと、おすすめしている「日々の生活における言動を適切にする」ということになります。つまり、
- ほどこし・サービス精神(布施)
- マナー・言葉使い(礼節)
- やさしさ・思いやり(慈悲)
この3つに集約される善行ですね。
3つをまとると「感謝、ポジティブ思考」という言い方もできます。
瞑想は、技術やテクニックやメソッドよりも、日頃の心の有り様と、体の有り様の両方が大事になってきます。
精神論に聞こえるかもしれませんが、実はこのことこそ、あまり言及されない非常に大事な要点だったりします。
瞑想で善の感覚を育む
で、これを言い換えると、善を培うともいえます。
実のところ、瞑想をしていると善の感覚が生じてきます。そうして強くなっていきます。
このことは、こちらの動画で解説しています。
戒律の本当の意味
で、仏教では何故、戒律を設けているかといえば、それは、心と体を整える準備になるからですね。2500年前に考えられた(設けられた)事前準備です。
2500年前の、しかも出家型の事前準備を、現代人にそのままあてはめるのはナンセンスです。
ですので、もっと現実的かつ効果を踏まえた事前準備が必要で、それが上記の4つの障害になるということです。
で、これら4つの項目が軽減し、整えられていくにしたがって、座ったときに「ゆったり」するようになって、これが土台になって、気づきの瞑想なり、禅定なりが、自然に進みやすくなってまいります。
大事な基本になるわけですね。
瞑想の種類が異なっても障害の理由は同じ
ところで瞑想は、大別すると、
- プレゼンス・・・気づき
- ビーイング・・・ただある
の2つに分けることができます。
で、
- プレゼンス・・・名色分離智
- ビーイング・・・禅定
となることは、一つの目標といいますか、できると望ましい状態です。
ところが、実のところ瞑想のテクニックを何年行っても、これらはできるようにはならないんですね。
驚きかもしれませんが、このことは私自身が長年行ってきて次第にわかってきたことでした。
瞑想ができるようになる秘訣
瞑想は、プレゼンス、ビーイングのどちらの瞑想にも共通していますが、端的にいいますと、
- 心
- 体
の2つが、ある程度、練れてこないとうまく進まないようになっています。
特に「心」。この有り様が非常に大切になります。で、瞑想とは「心の有り様を整える手段」という言い方もできます。
なお、この記事では「プレゼンス(いまここ)」の瞑想のやり方を中心に、瞑想ができない原因と対策について書いてまいります。
瞑想だけでは進みにくいこともある
さらに、認知を整える実践実習としておすすめなのが、
- 祈り・ハート瞑想
- 真我系ヒーリングを受ける
といったことも、瞑想を進める助けになります。
心身を整えるアプローチという選択肢
特に、考えすぎや想像のし過ぎ、情緒や感情が激しい、自律神経の乱れが強い場合は、改善に時間がかかることもあります。
そうしたときは、無理に結果を求めるより、土台を整えていくことの方が近道です。
で、瞑想ができるようになるためには、心身を整えるアプローチも有効です。
実際に私自身も、さまざまな方法を試してきましたが、その中で体感的に大きな変化を感じたものの一つが、真我系ヒーリングである「天啓気療」です。
詳しくは以下の記事でまとめています。
どうしても難しい場合
独学で進めていると、どうしても盲点に気づきにくいことがあります。
たとえば、
- 気づきが理解・解釈になっている
- 思考にベッタリなことに気づいていない
- 体の力みが強いのに無自覚である
- 正解を求めすぎている
といったことです。
その場合は、実際の場で体験したり、個別に話を聞いてもらったりすることで、理解が一気に進むことがあります。
文章だけではわかりにくいことも、相談している中で「こういうことか」と腑に落ちることがあるからです。
まとめ

瞑想ができないと感じる原因は、単純な技術不足ではなく、
- 考えすぎ・想像のし過ぎ
- 情緒や感情が激しすぎる
- 自律神経の乱れ・体の緊張
- 瞑想が合っていない
- サンカーラ(心のクセ)の影響
など、心身の状態や日常の在り方に深く関係していることが少なくありません。つまり「認知」ですね。
けれども、雑念が出ること自体は悪いことではありません。思考があることも、すぐに否定すべきことではないんですね。
大切なのは、そこに気づき、ゆるっと瞑想をしながら、思考、雑念、情緒、感情に巻き込まれないようになっていくことですね。
瞑想は、うまくやろうとしすぎるほど難しくなります。
「そのまんま」「ほっこり」「やわらかく戻る」という土台を大切にしながら、続けていくことが肝要ですね。
瞑想がうまくできないと感じるときでも、続けていくことで少しずつ変化が現れてきます。具体的な変化については、瞑想の効果もあわせてご覧ください。
できないと感じるときこそ、大事な学びがあります。
なお瞑想の意味や全体像から理解したい方は、瞑想とはも参考にしてみてください。

