あるがまま・いまここ瞑想が真のスピリチュアルにつながる理由
今日の瞑想会も、ほぼ丸1時間、瞑想を行いました。
ここのところ、オンラインでもリアルでも、あまりおしゃべりはしないで、ひたすら瞑想を行い続ける瞑想会を行っています。
いいですね^^
瞑想会では、いまここ・あるがまま系の瞑想を複数行っています。
ですが、どのやり方も原理的には同じなんですね。
で、ある程度、できるようになってきますと、意図的に「気づく」とかはしないで、自然に感じる、見守る、気づいてしまうといった有り様になってまいります。
このような自然な様の瞑想がいいと思います。
ここでいう「真のスピリチュアル」とは、特別な体験や不思議な現象を追いかけることではありません。日々の実践を通して、心を整え、認知を善くし、意識を向上させていくことです。
スピリチュアルというと、どうしても神秘体験や不思議な話、霊的な現象ばかりに目が向きやすいです。ですが、本当に大切なのはそこではありません。
心がどう変わるのか。認知がどう整うのか。日々の言動や受け止め方がどう善くなっていくのか。そうした実際的な変化こそが、真のスピリチュアルにおいて重要なんですね。
あるがまま・いまここ系の瞑想については、瞑想はあるがまま・いまここ瞑想から始めるのがおすすめも参考になります。
自然に気づいてしまう瞑想になる
この瞑想のよいところは、頑張って何かをつかみにいく方向ではなく、自然に「感じてしまう」「気づいてしまう」という方向へ進んでいくところです。
力んで気づこうとすると、かえって頭が前に出てしまいます。けれども、あるがまま・いまここ系の瞑想を続けていきますと、余計な力みが抜けて、自然にわかるようになってまいります。
この自然さが大切です。ここが、単なるテクニックや自己暗示とは違うところなんですね。
瞑想が心の深いところを解放していく
それにしてもこれらの瞑想はシンプルに見えますが、心の深いところをも解放していきますね。
で、天然のヒーリング効果をもたらします。
継続して長期間、長年行っていきますと、それだけでも心が整い、認知がよくなってまいります。意識もクリヤーになってまいります。
そんな効果が出てくるのが、この瞑想ですね。
こうした変化は、一回二回で劇的に起きるとは限りません。けれども、続けていきますと、少しずつ確実に変わってまいります。
感情に飲まれにくくなる。考えにベッタリしにくくなる。物事を強く歪めて受け止めにくくなる。反応が少しずつ落ち着いてくる。こうした変化が積み重なって、心の深いところがゆるみ、解放されていくんですね。
継続によって心や認知がどう変わっていくのかについては、瞑想で人生が変わる~縁のある方々の意識の向上もあわせて参考になります。
天然のヒーリング効果をもたらす
ここでいうヒーリングとは、特別なことをするという意味ではありません。心の深いところがゆるみ、認知が善くなり、自然に整っていくことです。
あるがまま・いまここ系の瞑想は、まさにこの方向に働いていきます。無理に何かを変えようとしなくても、続けていく中で、心と認知がゆっくりとほどけていくんですね。
アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスから見えてくる真のスピリチュアル
最近は、アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスという、19世紀半ばにアメリカに登場した元祖スピリチュアリストの話しをしています。
で、ディヴィビスの話しを知ると、日々行っている実践こそ「真のスピリチュアル」であることがわかってきます。
私自身、お伝えしていること、行っていることは「真のスピリチュアルなんだろうなあ」と思っていました。
が、デイヴィスを知ることで、改めて再確認することができました。しかも強固に。
結局のところ、真のスピリチュアルは、ただ珍しい話を知ることでも、霊的世界の知識を増やすことでもないんですね。
日々の実践の中で、自分の心を整え、善性を育て、意識を向上させていくこと。そこに本筋がある。デイヴィスの話からも、そのことが見えてきます。
知識や神秘体験だけでは本質に届かない
スピリチュアルに興味を持つ方は少なくありません。ですが、知識だけを増やしたり、不思議な体験ばかりを追っていったりしても、それだけでは心は整いません。
むしろ、実践が伴わないと、理解だけが先行してしまい、かえってズレることもあります。だからこそ、日々の瞑想や実践が大事になるんですね。
真のスピリチュアルとは何か
結局、スピリチュアルで霊的世界を取り扱うのは、
- 霊的世界は存在している
- 霊的世界では、心・意識の向上こそが仕事
- 霊的世界では、意欲・向上心⇒善性⇒慈しみ・愛⇒智慧(理解、洞察、知性)⇒気・エネルギー⇒ワンネス・至高体験というステップで、最高レベルの霊界まで進む
- 向上するにあたって、善性、因果応報の探究・考察、直観が欠かせない
- 一般的に知られている霊界は、地球霊界であって、これを卒業すると、別の銀河の世界へと進む
つまり、真のスピリチュアルとは、知識だけを集めたり、神秘的な話に惹かれたりすることではありません。心・意識を向上させ、その結果として善性や慈しみ、智慧が深まっていく生き方そのものなんですね。
で、こうした骨子は、お伝えしている瞑想実践でもほぼ同じです。
あと、これに悟り・解脱が加わります。
で、これらに向かう実践の中核が、あるがまま・いまここ系の瞑想なんですね。
善性や慈しみ、智慧といった方向については、瞑想とはサットバ(善性)が大切も参考になるかと思います。
その中核にあるのが瞑想実践
では、どうすればそうした向上が実際に進むのか。
そこで中核になってくるのが、日々の瞑想です。しかも、ただ頭で理解するのではなく、実際にあるがまま・いまここを実践し続けることです。
この実践の積み重ねが、心を整え、認知を善くし、善性や慈しみ、智慧へとつながっていきます。だから、瞑想は単なるリラクゼーションでも、気分転換でもなく、意識向上の実践でもあるんですね。
瞑想や実践はシンプルだが奥が深い
お伝えしている瞑想や実践は、シンプルなんですが、あなどることができないんですね。
実際、あるがまま・いまここ系の瞑想は、やること自体はシンプルです。けれども、シンプルだからこそごまかしが利かず、続けていく中で、その人の心の状態や認知の癖がそのまま表れてきます。
そこに働きかけていける点が、この実践の大きな意味でもあります。認知のあり方を通して、因果応報の法則への理解も進み、生命向上の本質もわかるようになっていきますね。
で、瞑想会は、少人数であっても皆さんと一緒に瞑想を行いますと、そこに「瞑想の場」が形成されてまいります。
この場は、エネルギーフィールドでもあって、瞑想を後押しする作用もあるんですね。
こうした実践の全体像や、ゆるっと瞑想会で大切にしていることについては、こちらもご覧ください。
瞑想とは?初心者にもわかる意味・効果・やり方・本質を完全解説
シンプルだからごまかしが利かない
複雑な技法ですと、やった気になることもあります。けれども、あるがまま・いまここ系の瞑想はとてもシンプルですので、その人の本当の状態が出やすいです。
落ち着いているつもりでも、実は頭が騒がしい。静かなつもりでも、感情に引っ張られている。そうしたことが、そのまま見えてきます。
だからこそ奥が深いんですね。単純だから浅いのではなく、単純だからこそ本質に触れやすいんです。
瞑想の場が実践を後押しする
瞑想会では、ただ一人で座るのとは違って、実践の場そのものが瞑想を助けてくれます。
場の力によって、自然に心が静まりやすくなったり、あるがまま・いまここを体感しやすくなったりすることがあります。
その意味で、瞑想会は単なる練習の場ではなく、実践が深まりやすくなる場でもあるんですね。
一人で行うのとは違う深まりがある
一人で行う瞑想も大切です。ですが、場の力があると、普段よりも静まりやすかったり、自然に深まりやすかったりすることがあります。
これも、瞑想会のよさの一つです。実践を続ける上で、こうした場に身を置くことはかなり意味があります。
真のスピリチュアリストになるには継続が欠かせない
瞑想会に参加できない場合でも、瞑想は日々行って、継続していくのがおすすめですね!
本当に、塵も積もれば山となるです。
行い続けた方が、この果実、成果を味わうことができます。
瞑想は、一回二回で何かが完成するようなものではありません。けれども、続けていけば、少しずつ心が整い、認知がよくなり、雰囲気や言動も変わってまいります。そうした積み重ねの先に、「真のスピリチュアリスト」といえる状態が育っていくのだと思います。
「真のスピリチュアリスト」となってまいります。
続けてまいりましょう!
継続していくことの大切さについては、瞑想は続けることが最も大事もあわせてご覧ください。
一回二回では完成しない
これは瞑想に限らず、どんな実践でもそうですが、一度や二度で本質まで到達することはできません。
けれども、続けることで確実に積み重なります。自分ではあまり変わっていないように思えても、長く続けていると、心のあり方、ものの見方、受け止め方が着実に変わってまいります。
続けるほど心と雰囲気が変わる
継続している方は、やはり雰囲気が変わってまいります。表情や言葉、反応の仕方、落ち着き方が変わってきます。
こうした変化は、派手ではありません。ですが、本物です。こうした積み重ねこそが、真のスピリチュアリストへの歩みだと思います。

