観察瞑想のやり方
観察瞑想では、「何を対象に気づくのか」を理解することが最初のポイントになるんですね。
というのも、対象が曖昧なままだと、思考に流されやすくなり、ただ考えているだけの状態になってしまうからです。
なお「気づき」とは何かについては、瞑想の極意「気づき」とは何かで詳しく解説しています。
観察の対象は「体・感覚・心」
観察瞑想、気づきの瞑想では、観察・気づきの対象を「体の動き(空間内における位置)」「感覚」「心」としています。
で、本命は「心」になります。
けれども、いきなり「心の観察」ができない場合も多かったりします。そこで「体」「感覚」から入るようにしているんですね。
畢竟、大事なのは「心を感じる」ことになります。
本命は「心の観察」
観察瞑想の核心は「心の動きに気づくこと」にあります。
これを自己観察といいます。
内観といってもいいでしょう。けれども内観は「あるがまま」の精度が曖昧になっています。
ここは「心を感じる」「心の観察」「自己観察」といった言い方が適切になると思います。
で、思考・感情・反応がどのように生まれているのかを、そのまま観察していくことで、無意識の反応パターンが見えてくるようになります。
観察の具体的な進め方
で、観察瞑想は、段階的に進めることで、無理なく深めることができるとされています。
これは原始仏典に伝わる「四念処経」に基づいています。身・受・心・法の4つですね。
実践の立場からいっても、いきなり難しいことをしようとするのではなく、シンプルな対象から気づきを育てていくことがおすすめですね。
観察瞑想では、次の3つの対象に順番に気づいていくことで、自然に深まっていきます。もっとも大事なのは「心の観察」になります。
なお観察瞑想の意味やメリットについては、観察瞑想の意味と効果も参考になります。
身体感覚に気づく
観察瞑想の入口として最も取り組みやすいのが、身体感覚への気づきです。
呼吸の動き、手足の位置、重さ、温度、接触感など、いま体に起きていることをそのまま感じていきます。
ここで大切なのは、「感じようとする」のではなく、すでに起きている感覚にナチュラルに気づくことなんですね。
たとえば呼吸であれば、「吸っている」「吐いている」という事実に気づくだけで十分です。感じるといってもいいでしょう。
また、コントロールしようとしないで、自然な状態で観察するようにします。
こうした点に留意すると、気づきの力が育っていくと思います。
思考・考えで「気づく」をやってしまう
ちなみに「気づく」というと、人によっては「思考」「考え」でやってしまうことも起き得ます。
伝統で「気づく」といっても、それが思考・考えを誘発しやすいなら、「感じる」「見守る」といったやわらかい感覚で行ったほうがうまくゆきやすくなると思います。
身体感覚への観察瞑想はやりやすい
なお、手動瞑想、歩行瞑想、呼吸瞑想などの観察系の瞑想は、いわば「体」「感覚」への気づきから入る「気づきを育む」練習になります。
いきなり「心の観察」ができないための下準備ですね。
感情や反応に気づく
次の段階といいますか、感情や心の反応に気づくやり方もあります。
日常の中で生じる違和感、不安、怒り、期待といった心の動きを、そのまま観察します。
で、怒りや不安、違和感などが生じたときに、それを抑えたり否定したりするのではなく、「いま起きている」と気づく(感じる、見守る)ことが大切です。
多くの場合、感情は無意識に反応してしまい、気づかないまま行動につながっています。
しかし観察瞑想では、
「いま○○を感じている」と気づくこと
が重要になります。
なお四念処経では、感情(受)と心(心の反応、心の生成)を分けています。ですが実践の見地からいいますと、別段、分ける必要はないと思います。
マイナスな感情を消そうとしない
ちなみに感情を消そうとしたり、良い・悪いと判断する必要はないんですね。
といいますか、感情を消そうとすると「悪あがき」になります。傷痕を残すことにも。
いじらないで、取り扱わないで、そのまんま。
ただ「起きている」と認識することで、反応が気にならなくなって、気がついたら鎮まっている、というようになってまいります。
思考に気づく
さらに深まると、思考そのものに気づけるようになります。
頭の中で浮かんでくる考えやイメージ、言葉の流れを感じるようにします。
ここで重要なのは、
考えを止めることではなく、考えていることに気づくこと
です。
感じる、見守る、気づいてしまうというのが、より適切な言い方になると思います。
たとえば、「今こんなことを考えている」「また同じことを繰り返している」と気づく(気づいてしまう)ことで、思考にベッタリすることが軽減します。
この軽減といいますか距離ができますと、思考に振り回されることが少なくなっていきます。
意識的な観察には注意
また観察というと、
・意図的に観察する
・意識的に観察する
ということになりやすいのですが、これは初心、初めての方はOKです。
ですが、できるようになっていきますと、「ナチュラルに気づく」ようになるのが望ましくなります。
またナチュラルに気づく・気づいてしまうというのが望ましくなります。
思考は物質的存在
あと観察瞑想が進んで行きますと、思考が物質のように感じられてくるようになります。
それまで「思考」という神経プロセスで生じているかのように生じていた思考が、実質感、手応え、存在のように感じられてくるようになります。
こうなってきますと、ナチュラルに気づく、気づいてしまうということが、それこそ自然にできるようになっていくと思います。
心の観察が王道
以上は、伝統的なやり方(四念処経に基づくテーラワーダ仏教に伝わるやり方)になります。
けれども、もし、いきなり「心の観察」ができるならば、「心の観察」から始めるのがおすすめです。
「心の観察」は、自己観察ともいいます。
観察を続けていると、思考・感情・観念・言葉に振り回されるのが減っていくようになります。
で、心の観察(自己観察)こそが王道です。
覚醒体験を引き起こす心の観察修行
心の観察はパワフルです。実際、覚醒体験も起き得ます。クリシュナムルティは「心の観察」を続けていると覚醒体験が起きるといっています。
これは本当にその通りです。
私も10代の頃から、暗中模索している中、21才のときに体験をしています。自分の実体験からも「心の観察は大切、王道」といえます。
心の観察で開眼している人はいます。那智タケシさんという人もそうですね。
観察瞑想で深い意識に気づく
観察瞑想・気づきの瞑想は、やり始めの時は、本当に効果があるのか疑わしく感じられると思います。
ですが、観察力・感受力・智慧がセットで育まれることによって、無自覚となっている心に気づくようになり、生命本来にも気づくようになり、ついには覚醒体験に至らせます。
深い意識に気づくことができる、感じることができるようになるんですね。
ですので私の瞑想会でも「観察瞑想」「気づきの瞑想」を中軸にしています。シャープな感受力と洞察を育むからですね。
観察瞑想で大事なポイント
観察瞑想では、「うまくやろう」とする姿勢よりも、「そのまま気づく」という姿勢がおすすめです。大切ですね。
無理に操作しようとしたり、思考を変えようとすると、思い・考え・思考が強くなっていきます。で、イライラするようになります。
また気づきも働きにくくなってしまいます。
リラックス・くつろぎ
ですので、観察・気づきの瞑想もそうですが、基盤・土台に「ほっこり」「ゆったり」が必要なんですね。
気づきの瞑想では、これを「受容力」といっています。
あるいは「慈悲」「リラックス」「くつろぎ」ともいいます。
リラックス、くつろぎは、瞑想には必須のエッセンスとなります。
瞑想におけるリラックスの重要性については瞑想とリラックスの関係もお読みください。
智慧と慈悲
なお瞑想では、
- 気づく力・感受力・見守る力・・・智慧
- リラックス、くつろぎ、受容力・・・慈悲
ともいっています。
リラックス、くつろぎは「慈悲」につらなります。
瞑想における智慧と慈悲については、「智慧と慈悲」の記事も参考になります。
無理にコントロールしない
あと瞑想では、「状態を良くしよう」「理想的な状態にしよう」とコントロールしようとするほど、思考が強く働くようになります。
つまり、怒り、強い欲求、こうして欲しかった、なんでこうなるの?、許せない!といったイライラやストレスが、かえって昂じてしまうということなんですね。
操作して良くしようとか、無理に考えを変えようとしないで、「そのまんま」「あるがまま」。
良い・悪いを判断せず、そのままにしておくことなんですね。
瞑想においては操作しない・コントロールしないことに関しては、「あるがままに気づく」の記事もお読みになってみてください。
観察瞑想が深まるために
観察瞑想は一度理解すれば終わりではなく、適切に継続することによって勘所が腑に落ちるようになり、深まっていくようになります。
そのためには、日常の中でも気づきを保つことはおすすめです。
なお観察瞑想をさらに深めたい方には、瞑想のコツと上達法|重要ポイントと実践で深める方法も参考になると思います。
感じる力を高める
気づきは「感じる力」ともいえます。
あるいは「見守る」。
身体感覚や心の動きを丁寧に感じ取ることで、思考では捉えきれない微細な変化にも気づけるようになります。
継続すること
観察瞑想は、継続することが大切ですね。
ブッダの遺言も「怠らないで、修行しなさい」でした。
実際、続けていくことで瞑想も深まっていくようになります。
日々の中でも続けることが望ましいですね。
考えとなっている「気づき」に注意
「気づく」というのは、人によっては思考や考えになってしまうことがあります。
言葉のチョイスは伝統にとらわれないで、自分が自然にできる言葉を使っていくのがいいですね。
これは実践実習の見地からのアドバイスでもあります。
瞑想と坐禅は異なる
ちなみに坐禅の場合は観察も気づきもしません。対象を意識しない「ただある」になります。
瞑想と坐禅は違います。まったく別ものです。
・瞑想は「意識の変容」と高次意識。
・坐禅は「認識の変容」と悟り。
瞑想では「ほっこり」が土台になって、その上に感受力と洞察の深まりが起きて、真我意識(高次意識)への変容が起きるということになります。
慈悲と智慧の実践によって意識が変容するということですね。
まとめ
観察瞑想(気づきの瞑想)は、体・感覚・心を対象として、起きていることにそのまま気づいていく実践です。
特に重要なのは、心の観察であり、思考や感情に振り回されるのではなく、それに気づく姿勢を育てていくことになります。
また、リラックスやくつろぎを土台にしながら、無理にコントロールせず、自然に気づきを働かせることが大切ですね。
継続していくことで、感受力・洞察力が高まり、より深い気づきへとつながっていきます。
ぜひぜひ精進してまいりましょう!

