瞑想して気持ちよくなるのはピティ(喜)・スカ(楽)の作用
瞑想すると「気持ちいい」と感じられることは、よいことなんですね。
瞑想を行って、落ち着いてきて、心も体も気持ちいいなあとなるのは、実は瞑想がうまくいっているサインです。
で、この「気持ちいい」の正体は
- ピティ(喜)・・・細やかな感じで高揚する喜び
- スカ(楽)・・・細やかでなめらかな身体的な快楽
だったりします。
瞑想が適切に深まると、こうした喜楽(きらく)が生じてきます。
ピティ(喜)・スカ(楽)は、瞑想特有の喜楽のことになります。が、実のところ、このピティ・スカは、エネルギーが関与した心と体の状態だったりします。
瞑想におけるリラックス全体については瞑想とリラックスの関係をご覧ください。
ピティ(喜)・スカ(楽)はエネルギー
瞑想が適切に行われて、深まってきますと、誰もが内在しているエネルギーが活性しはじめ、エネルギーを感じ、やがて自覚するようになります。
その感覚が「ピティ(喜)」「スカ(楽)」といった心地よさだったりします。
昔は、エネルギーという概念がありませんでした。そこで「ピティ(喜)」「スカ(楽)」という言い方をして、瞑想時特有の心と体の状態を言い表していたのだと思います。
でも、その正体は「エネルギー」です。
生命エネルギーが関与した瞑想時特有の心と体の心地よさが「ピティ(喜)」「スカ(楽)」になります。
喜楽が生じると心身の解放が進む
ちなみに「ピティ」「スカ」が生じてきますと、心と体の解放(浄化)が進むようになります。
心の傷、トラウマ、わだかまりの解放(手放し)が、「ピティ」「スカ」が感じられてくると起きてくる(起きやすい)ということなんですね。
なぜ、「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられると、心身の解放が進むかといえば、「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられること自体が、意識の深い領域にアクセスしたからこそ生じる現象だからです。
解放(手放し)の現象は、「心と体が軽やかになる、楽になる」という体感で感じられるようになります。
「手放す」「何もしない」の本当の意味|瞑想で大切な注意点と智慧
潜在意識にあるマイナスの心にアクセスする
意識の深い領域にアクセスするようになると、本人が自覚していなくても、トラウマ、傷痕、抑圧、シャドーといった心の深い領域(潜在意識)にある否定的な記憶や想念が解放されていくようになります。
しかし、これらの心は、通常の意識(顕在意識)レベルではうまくアクセスできません。
うまくアクセスできないどころか、頑張れば頑張るほどアクセスから遠ざかります。下手をすれば、潜在意識の領域をこじらせることにも。
ですが適切に瞑想を行い、自然に深まっていくと、潜在意識(意識の深い領域)にアクセスし、その意識の深い領域にある未解決な心(トラウマ、傷痕、抑圧、シャドー)の自浄作用が起きて、自然の摂理によって心が調整されるようになっていきます。
ピティ(喜)・スカ(楽)は生命本来の意識にアクセスした証
通常はアクセスが難しい潜在意識(無意識)にうまくアクセスできたときに感じられるのが「ピティ(喜)」「スカ(楽)」という言い方もできます。
「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられると、心身が軽快になっていくのは、無意識の領域が解放されていくからという言い方もできます。
深い意識の領域は、生命本来の領域でもありますので、気・エネルギーを感じる人も出てきます。
ですので、「ピティ(喜)」「スカ(楽)」と気・エネルギーは関連していて、生命エネルギーを心で感じると「ピティ(喜)」になり、体で感じると「スカ(楽)」になるわけですね。
潜在意識を浄化するサンカーラの浮上
なお瞑想をしていて潜在意識にアクセスしたときに、心身の軽い調整が起きることはしばしばあります。
この軽い調整を、サンカーラの浮上(潜在意識にある未解決の心の浮上)ともいいます。「心の浄化現象」ですね。
瞑想が適切に行われていると、サンカーラの浮上(心の浄化)は時々起きます。
サンカーラの浮上と好転反応
サンカーラが浮上しますと、一時的に心が不安定になったり、モヤモヤとしたのを感じたり、昔のことを思い出したり、嫌な記憶がリピート(反すう)したり、あるいはちょっとしたことが気になってしまって脳内リフレインを繰り返すことも起きます。
ですが、これらは後退したのではなく、前進に向けての再調整であり、いわゆる好転反応(瞑眩:めんげん)という現象だったりします。
瞑想でも好転反応が起きます。
数日から数週間で消え去っていくようになります。
ピティ(喜)スカ(楽)の常態化
で、サンカーラの解放が終わると、心と体がリフレッシュされて、それまでよりも軽快な感じになっていくようになります。
サンカーラの浮上と解放を繰り返していく中で、心が少しずつ解放されていって、年月とともに心身が軽くなっていきます。
そうして、より「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられるようになり、日常の生活においても「ピティ(喜)」「スカ(楽)」に近い感覚が感じられるようになっていきます。
ピティ(喜)スカ(楽)の常態化というようなことが実現していきます。
このことを示したのが、こちらの図です。

ヒーリングはエネルギーからのアプローチ
ところで世の中には「ヒーリング」というアプローチがありますが、ヒーリングとは、エネルギーからのアプローチになります。
エネルギーを感じさせて(生じさせて)、瞑想に近い状態にして、心と体を癒やします(解放させます)。
これがヒーリングなんですね。少なくとも真っ当なヒーリングは、こういうタイプです。
しかも瞑想時の「ピティ(喜)」「スカ(楽)」を感じさせることもしばしばです。
一般的なヒーリングと天啓気療・セッションとの違い|加える・共鳴・除去で比較
喜楽を感じる天啓気療
天啓気療のように優れたヒーリング(真我系ヒーリング)では、受けると喜楽(ピティ・スカ)を感じます。また天啓気療は本当に効果があります。実際に功も奏してもいます。
実際、天啓気療を受けると、瞑想が深まったときの疑似体験もできます。
天啓気療のようなヒーリングは、エネルギーを通して、心と体にある諸々を解放し、楽にしていくアプローチといえますね。
実際、天啓気療の北沢勇人さんは「生きるのが楽になるヒーリング」といわれています。
「楽になる」。
言い得て妙ですね。
霊性開眼に役立つエネルギーアプローチ
私もエナジーワークを行っていますが、これもエネルギーからのアプローチになります。瞑想の深まりと、心と体の解放のサポートになると感じています。
またエネルギー的なアプローチによって、霊性(スピリチュアリティ)にも開眼しやすくもなります。
霊性(スピリチュアリティ)とは何か|瞑想実践に欠かせない感受性・善性・正見
ヒーリングやエナジーワクといえば、怪しく感じることもあるかもしれませんが(笑)、また本当はもっと詳しく説明する必要もありますが、瞑想の深まりと、心身のすこやかさにお役に立つと思っております。
瞑想が継続するピティ(喜)スカ(楽)
瞑想をして「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられることは、よろこばしいことだったりします。
実際、「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられるようになると、瞑想も楽しくなり、継続もしやすくなっていきます。
「ピティ(喜)」「スカ(楽)」が感じられることは、瞑想が好循環に入ったことも示します。
何よりも、意識の深い領域が感じられるようになって、心と体の浄化がいっそう進んでいくようになることは、瞑想実践者にとって励みになります。
まとめ|瞑想して気持ちよくなるのはよいこと

瞑想では、「瞑想をしていて心地よくなったことにハマりこんではいけません」という言説はわりと耳にします。
ですが、これは「解脱・悟り」の文脈と、瞑想の文脈をごちゃ混ぜにしている不適切な見解だと思っています。
物事にとらわれるるのが良くないことは事実ですが、しかし瞑想時の心地よさは良いことですし、素晴らしいことです。
これをいたずらに戒めるのではなく、瞑想をして心身に喜びと心地よさ(ピティ(喜)スカ(楽))を感じたのであれば、素直に喜び、その心地よさを足場にして、いっそう瞑想実践に励んでいただきたいと思っています。
何事もそうですが、適度に心地よいことは幸せ感につながりますし、真我・霊性・善性といった高い意識には、必ず心地よさがともなっています。
いたずらに警戒することなく、素直にピュアに楽しみながら瞑想を継続していくのが望ましいと思います。
解脱・悟りの文脈と一色譚にしないことが大切だと思っています。

