感受性が高い人は瞑想がつらくなることがある
瞑想というと、心が落ち着く、楽になる、癒やされるといったイメージを持つ方が多いと思います。
実際、瞑想を行うことで心が静かになったり、ほっこりした落ち着きが出てきたりすることはあります。
瞑想で苦しくなるのは珍しいことではない
しかし一方で、瞑想をすると逆につらくなったり、苦しさや煩悶が強くなったりする人がいます。
このとき多くの人は、
- 自分には瞑想が向いていないのではないか
- やり方が間違っているのではないか
- ちゃんとできていないのではないか
と考えがちです。
感受性が高い人ほど負担が強くなることがある
けれども実際には、そうとは限りません。
実のところ、あまり知られていませんが、一つの大きな理由に、感受性の違いがあります。
どういうことかといいますと、感受性が高い人ほど、瞑想のやり方によっては、かえって負担が強くなってしまうということなんですね。
本記事では、なぜそのようなことが起こるのか、どのような人が当てはまりやすいのか、そしてどう対処していけばよいのかを、わかりやすく整理していきます。
なぜ感受性が高い人ほど瞑想がつらくなるのか
ここで一つ大事なのは、瞑想が悪いわけではないという点です。
問題は、その人の状態に合わないやり方をしてしまうことにあります。
たとえば、一般的な瞑想の説明では、
- 思考に気づく
- 感情に気づく
- 自分の内側に気づく
といったことがよく言われます。
これは確かに大切なことです。
しかし、この「気づく」という実践は、どちらかというと気づきが弱い人、あるいは感受性が鈍くなっている人にとっては有効に働きやすいんですね。
ところが、生来、感受性が高い人にとっては少し事情が違ってくることがあるということです。
すでに多くのことを感じ取っている
というのも、感受性が高い人は、すでに無意識のうちに多くのことを感じ取っているからです。
たとえば、
- 場の空気の重さ
- 相手の感情の微妙な揺れ
- 自分の内側のざわつき
- 過去の記憶が呼び起こされる感じ
こうしたものを、本人が意識する以上に、既に強く受け取っていることがあります。
要するに敏感、鋭敏ということです。
そのため、そこへさらに「もっと気づこう」「もっと観察しよう」と意識的に働きかけると、気づきが深まるというよりも、拾いすぎてしまうようになることが出てきます。
この「拾いすぎ」が起こると、結果として、瞑想によって楽になるどころか、逆に苦しみが増えてしまうことが出てきます。
なお、自分に合った瞑想のやり方を知りたい方は、感受性タイプ別|自分に合った瞑想のやり方をわかりやすく解説も参考にしてみてください。
気づきすぎると何が起きるのか
感受性が高い人の場合、問題は単に「敏感」ということではありません。
大事なのは、感じたことをきっかけにして、記憶や感情が連鎖しやすいという点です。
感受性が高い人は記憶や感情が連鎖しやすい
感受性が高い人は「敏感」で、本来は美徳であり優れた才能になり得ますが、瞑想の気づき・サティという文脈になりますと、感じたことに対して記憶や感情が連鎖しやすくなることがあり得ます。
たとえば、瞑想中に胸のざわつきに気づいたとします。
感受性がほどほどの人であれば、
「あ、いま胸がざわついているな」
くらいで済むかもしれません。
しかし感受性が高い人だと、そこから
- このざわつきは何だろう
- そういえば昨日のあの出来事が気になる
- 昔も似たようなことがあった
- やっぱり自分は傷ついていたのかもしれない
というふうに、記憶や感情が広がっていき、物語を詳細に作り出して、ますます煩悶になってしまうことがあります。
瞑想で気づきすぎると苦しみが強くなる
つまり、生来、気づきのセンスがあるため、気づき・サティの瞑想をすることで、記憶の連鎖が増幅し、苦しさが強くなっていくことが起き得ます。
これは「気づけているから良い」という単純な話ではないんですね。
気づいているように見えて、実際にはその刺激をきっかけに、どんどん内側の反応が増幅されていくことも。
気づきすぎるとどのような症状や変化が起きるのか
その結果、
- 考えが止まらなくなる
- 感情がどんどん強くなる
- 身体がこわばる
- 瞑想後のほうが疲れる
といったことが起こり得ます。
これは「気づき」が悪いということではない
ですが、ここは誤解しやすいところですので注意書きをいたしますが、気づきそのものが悪いわけではないんですね。
気づきは本来、瞑想の大切な要素です。
問題は、その人の状態に対して、どのくらいの強さで気づきが入るのかということになります。
問題は「気づき」そのものではなく強さと相性にある
感受性が高い人は、すでにある程度、気づきが入っています。といいますか、自然に気づきます。
にもかかわらず、さらに「気づき」を強めようとすると、もともと動いている感受性に上乗せするような形になってしまうわけですね。
つまり、
- 気づきが足りないのではなく
- すでに自然に気づきやすくなっている
- 人によっては多すぎるくらい働いている
- そこにさらに負荷をかけている
という状態です。
一般的な瞑想指導の盲点
この意味で、一般的な「気づきを入れましょう」というやり方には、一つの盲点があるとも言えます。
それは、感受性が高い人を想定していない可能性があるということなんですね。
感受性が高い人がつらくなるのは努力不足ではない
ですので、感受性が高い人が瞑想でつらくなるのは、本人の努力不足でも、能力不足でもないことがあり得ます。
全部が全部とは言えませんが、やり方の力点が合っていない可能性があります。
感受性が高い人に起こりやすいサイン
では、自分がこのタイプに当てはまるかどうかは、どのように見ればよいのでしょうか。
目安としては、次のような傾向があります。
感受性が高い人に見られやすい特徴
- 人の感情や場の空気に影響されやすい
- 一つの出来事から考えがどんどん広がりやすい
- 瞑想するとかえって疲れることがある
- 内省を始めると止まらなくなりやすい
- 悲しみや怒りを強く抱え込みやすい
- 気づこうとすると、かえって苦しくなる感じがある
気づきを強めすぎないほうがよいケース
特に、
- すでに感情を強く感じている
- すでにいろいろ考えすぎている
- すでに刺激を拾いすぎている
という場合は、そこへさらに観察や内省を強めるのは、必ずしも得策ではありません。
「もっと気づこう」とするよりも、別の入り方をした方がいい可能性があります。
感受性が高い人に必要なのは「気づき」より「リラックス」
では、感受性が高い人はどうすればよいのでしょうか。
結論から言えば、まず大切なのは、気づきを強めることよりも、リラックス(ほっこり)を育てることです。
言い換えると、あるがまま・ありのまま・いまここといった有り様です。
なぜ感受性が高い人にはリラックスが必要なのか
なぜなら、感受性が高い人に必要なのは、気づく力ではなく、受け止めて溶かしていくのはリラックス(土台)だからです。
このリラックス(土台)がないまま気づきだけを強めると、感じる量ばかり増えてしまい、苦しさを支えきれなくなります。
リラックスやほっこりが育つと何が変わるのか
一方で、リラックスやほっこり感が育ってくると、感じたことをそのまま受け止めても、以前ほど苦しくなりにくくなります。
つまり、
- 苦しみがなくなるというよりも
- 苦しみを吸収できる余地が生まれる
- 反応が柔らかくなる
という変化が起きてくるんですね。
感受性が高い人にとって「余裕」や「余地」が大切な理由
感受性が高い人ほど、この「余裕」や「余地」が大事です。
リラックス(ほっこり)は、単なる気分の問題ではありません。
苦しみを増幅させず、やわらげていくための土台なんですね。
で、このことは「あるがまま」「いまここ」そのものになっていきます。
慈悲・ハートを培うことも大切
もう一つ大切なのが、慈悲やハートを培うことです。
感受性が高い人は、感じる力が強いぶん、刺激に対して傷つきやすく、苦しみを抱え込みやすい面があります。
そのため、ただ観察するだけではなく、やわらかく受け止める力を育てることが必要になってきます。
感受性が高い人に慈悲やハートが必要な理由
ここで言う慈悲というのは、難しい宗教的な話ではありません。素朴に言えば、
- 自分に対してきつくしすぎない
- やさしく見守る
- 少し温かい見方を持つ
といったことです。
気づきにハートが伴わないとどうなるのか
感受性が高い人は、感じる力が強いぶん、自分を責めたり、苦しみを深刻に受け取りすぎたりしやすいところがあります。
ですので、気づきにハートが伴っていないと、観察がそのまま苦しみの増幅になってしまうことがあるんですね。
慈悲やほっこり感が育つと何が変わるのか
逆に、ほっこり感や慈悲が育ってくると、感じたことをそのまま抱え込まずに済みやすくなります。
やさしさ、ゆるし、ほほえみ、ほっこりとしたやわらかくもあたたかい余裕、余地が生まれ、その人自身を落ち着かせ、安心させ、やがてより深いよろこびと慈しみへと導いていくようにもなります。
この違いはとても大きいです。
感受性が高い人に向く瞑想の入り方
感受性が高い人にとっては、最初から「気づこう」とするよりも、次のような入り方のほうが向いていることがあります。
- 呼吸を軽く感じる程度にとどめる
- 身体をゆるめることを優先する
- 安心感やほっこり感を育てる
- 慈悲やハートを感じる方向に向かう
- 考えや感情を深追いしすぎない
- あるがまま、ありのままを重視する
ポイントは、観察の鋭さを高めることではなく、心と身体が安全でやわらかい状態になることです。
安全感が育ってくると、その後に気づきを入れても、以前ほど苦しみが強くなりにくくなります。
ですので順番としては、
気づきより先に、ほっこりとしたリラックスを育てる・ウェイトを置く
ということになります。
こんなときはやり方を見直したほうがよい
もし瞑想をしていて、次のような状態が続く場合は、今のやり方を少し見直したほうがよいかもしれません。
- 瞑想後にかえって疲れる
- 考えが増えて止まらなくなる
- 悲しみや不安が強まりすぎる
- ずっと重たい気分になる
- 身体がこわばる
- 瞑想がつらい修行のようになっている
この場合、さらに頑張ることが解決ではありません。
むしろ、頑張るほど逆方向に行くことがあります。
必要なのは、もっと深く入ることではなく、もっとやさしい入り方に変えることが適切であり妥当なことが多いかもしれません。
まとめ
感受性が高い人は、瞑想によってつらくなることがあります。
それは、瞑想が悪いのではなく、すでに強く働いている感受性に対して、さらに「気づき」を上乗せしてしまうことがあるからです。
その結果、
- 考えや感情を拾いすぎる
- 記憶の連鎖が増幅する
- 苦しさが強くなる
といったことが起こり得ます。
ですので、感受性が高い人ほど、まずはリラックス(ほっこり)を育てること、そして慈悲・ハートを培うことが大切ですね。
気づきを強めることよりも、苦しみを受け止めてやわらげられる土台を作ること。
そのことが、結果として瞑想を自然に深めていく道になってまいります。
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