観察瞑想(気づきの瞑想)は、「あるがまま」「いまここ」といった言葉で語られることが多い瞑想です。
しかし実際のところ、その意味や本質はやや分かりにくく、誤解されやすい側面もあります。
たとえば「気づき」とは何なのか、「あるがまま」とはどういう状態なのか、単にリラックスすることとの違いは何か、といった点は曖昧になりがちです。
本記事では、観察瞑想(気づきの瞑想)について、
「あるがままに気づく」とはどういうことか、
どのような効果や変化があるのか
という観点から、わかりやすく整理していきます。
また、「気づき」という言葉の本質については、瞑想の極意「気づき」とは何かでも詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。
観察瞑想(気づきの瞑想)とは何か
観察瞑想(気づきの瞑想)は、考えや理屈で何かを作り上げる瞑想ではないんですね。
起きていることを、起きていることとして、そのまま感じ、気づいていく瞑想になります。
観察瞑想とは「あるがままに気づく」こと
観察瞑想(気づきの瞑想)やプレゼンス瞑想、あるいは通俗的になりますがマインドフルネスでは、
- 事実は事実
- あるがまま
- いまここ
といった瞑想という言い方ができます。
で、このことを言い換えると、
- 事実を事実として受け止める
- 空想・想像・仮説・イデオロギー・思想にとらわれ過ぎなくなる
- 将来のことを想像して思い悩んだり、過去のことを振り返って後悔することが減る
という言い方もできます。
気づきは感じる力として働く
ちなみに「気づき」は、単に頭で理解することではないんですね。
対象をやわらかく受け取り、変化や違和感や事実に自然と気づいていく、そうした感受力として働くものです。
「気づき」とは何かについては、瞑想の極意「気づき」とは何かで本質から解説しています。
こちらをぜひお読みください。
観察瞑想の効果・メリット
観察瞑想には、物事に振り回されるのを減らす、とらわれを少なくするという効果だけでなく、ものの見方そのものを変えていく力があります。
空想や思い込みに流されにくくなり、事実を事実として受け止める力が育っていくからなんですね。
知性・洞察力が高まる
観察瞑想(気づきの瞑想)、プレゼンス瞑想、マインドフルネスは「気づき」「洞察」瞑想ともいいます。
確かにこの瞑想の視点に立つようになりますと、物事の本質がよりわかりやすくなると思います。知性が伸びます。高まります。
現実に落とし込んだ言い方をすれば、学校のテストでは評価できない知性の高まり、構造的に物事を把握できる、洗脳にひっかかりにくくなるとも言えます。
実際の観察のやり方については、観察瞑想のやり方と大事なことをご覧ください。
思考に振り回されなくなる
ちなみに昔は「モノ」が乏しい時代ですので、「欲望」が戒められる対象の第一になっていました。
しかし現代では「考え、観念、思想」といった脳内活動が大きな支障になっています。
空想、想像、仮説、妄想、思い込みなどが、実は現代では、不幸や苦しみの大きな要因になっています。
お金への受け止め方もこれに類するものですが、気づきの瞑想やマインドフルネスでは、空想、想像、仮説、妄想、思い込みといった脳内活動に振り回されないようにすることも大事な心得になってまいります。
志向に振り回されにくくなることは大切ですね。
なぜ観察瞑想で変化が起きるのか
で、観察瞑想で変化が起きるのは、考えを増やすからではなく、考えに巻き込まれにくくなるからなんですね。
思考・観念・判断ではなく、気づきがナチュラルに働くことで、心のあり方が少しずつ変わっていくようになります。
思考ではなく気づきが働くため
結局、モノなどの物質も、思考・考えとまったく同じということなんですね。
「モノ」は、物質世界の固体です。
思考・考えは、アストラル界・メンタル界といった精神の世界では固体になっています。
どちらも固体です。
精神作用が固体というのはピンと来にくいかもしれませんが、固体なんですね。
で、その固体に対して
- 距離感・・・執着するか、適度に接するか
- 取扱い方・・・ネガティブかポジティブか
といった関わり方、向き合い方がとても大事になってまいります。
執着(こだわり)やネガティブな関わり方は「生命本来の有り様」とは真逆だったりします。
感じる力が高まるため
生命本来は、
- 適度な距離感
- ポジティブに属する性質
というのがあったりします。
ですので、昔からこれも宗教では「ほどほど」「バランスが大事だよね」「善行のおすすめ」と言われているんですね。で、これらは全て「生命本来に立ち戻る」大事な実践項目にもなっています。
観察瞑想を理解するためのポイント
観察瞑想を理解するうえでは、何か特別な体験を目指すよりも、基本を押さえることが大切なんですね。
その基本となるのが、「いまここ」と「あるがまま」という姿勢です。
「いまここ」「あるがまま」が基本
とらわれすぎ、否定的な考えというのは障害になってまいります。あと、実践するにあたって「なろう」「達成しよう」といった目的志向過ぎる姿勢では身につきにくいんですね。
なぜなら「思考、考え、観念、教え」のレベルにとどまってしまうからなんです。
いまここ、あるがままが基本になります。
「なろう」「達成しよう」では難しい
けれども「なろう」「達成しよう」という向き合い方は、昔から行われている修行や修養だったりします。
実際のところは、「気づき」をともなう「あるがまま」「いまここ」といった有り様で、宗教的な精神性は体現できるようになっています。
このことは、ほとんどの宗教はでは明らかになっていないんですね。
しかし唯一、原始仏教系だけでは明らかにされ説明もされています。
執着・とらわれを回避する
で、気づきをともなう「あるがまま」の実践においても、執着(こだわり)やネガティブさは障害になります。
そこで「戒律」というのを設けて「注意していきましょう」とうながしているんですね。
戒律は「あるがまま」ができるためにある
で、その戒律もくだけた言い方をすれば、
- 考えにとらわれない
気づくようにして、いまここを心がける - 考えすぎない
気づくようにして、いまここを心がける - 否定的な見方、言葉、行為は慎む
やわらかい見方、言葉、行為を心がける、小さなことにも喜びを感じる、感謝する
といった言い方でまとめることができると思います。
この戒律がおおよそできるようになると、瞑想は必ず進むようになります。そういう風になっていますし、そういう関係があります。
ですので戒律がおおよそできているかどうかが一つの目安にもなってまいります。
まとめ
観察瞑想(気づきの瞑想)は、「あるがまま」「いまここ」を土台として、事実を事実として受け止めていく瞑想です。
その実践を続けていきますと、空想・想像・妄想・思い込みに振り回されにくくなり、知性や洞察力も高まっていくようになります。
また、観察瞑想では、物事や思考に対して適度な距離感を持つことが大切になります。執着し過ぎないこと、否定的になり過ぎないこと、そして「なろう」「達成しよう」とし過ぎないことも大事なポイントです。
結局のところ、観察瞑想とは、気づきをともなう「あるがまま」の実践ともいえます。
なお、実際の観察の進め方については観察瞑想のやり方と大事なこともあわせてご覧ください。

