観察瞑想、気づきの瞑想で大事なこと

観察瞑想、気づきの瞑想では、観察・気づきの対象を「体の動き(空間内における位置)」「感覚」「心」としています。
 
で、本命は「心」になります。
 
しかしいきなり「心の観察」ができない場合は、「体」「感覚」から入るようにしています。
 
手動瞑想、歩行瞑想、呼吸瞑想などの観察系の瞑想は、いわば「体」「感覚」への気づきから入る「気づきを育む」練習になります。いきなり「心の観察」ができないための下準備ですね。
 
けれども、もし、いきなり「心の観察」ができるならば、「心の観察」から始めるのがおすすめです。「心の観察」は、自己観察ともいいます。
 
観察を続けていると、思考・感情・観念・言葉から自然な距離感が出てくる感覚が生じてきます。
 
さらに、覚醒体験も起き得ます。クリシュナムルティは「心の観察」を続けていると覚醒体験が起きるといっています。これは本当にその通りです。心の観察で開眼している人はいます。那智タケシさんという人もそうですね。
 
観察瞑想・気づきの瞑想は、やり始めの時は、本当に効果があるのか疑わしく感じられると思います。

が、観察力・感受力・智慧がセットで育まれ、これらによって無自覚となっている心に気づくようになり、生命本来にも気づくようになり、ついには覚醒体験に至らせるんですね。
 
ですので瞑想では「観察瞑想」「気づきの瞑想」を中軸にしています。シャープな感受力と洞察を育むからです。
 
で、観察・気づきの瞑想もそうですが、基盤・土台に「ほっこり」「ゆったり」が必要なんですね。気づきの瞑想では、これを「受容力」といっていいます。
 
ちなみに坐禅の場合は観察も気づきもしません。対象を意識しない「ただある」になります。

瞑想と坐禅は違います。
瞑想は意識の拡大と高揚、坐禅では認識の変容と悟り。
 
が、瞑想では、「ほっこり」が土台になって、その上に感受力と洞察の深まりが起きてくるということになります。

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