求道者・中級者以上向けの瞑想実践|真我開眼から悟り・解脱へ至る道

中級者以上・求道者向けの瞑想について

以下は、ゆるっと瞑想会が志向している求道者・中級者以上向けの瞑想実践についてご説明です。※リアル瞑想会や瞑想入門セミナーを希望している方はスルーしていただいても構いません。

瞑想とは「心を解放して自由になること」

 

まず瞑想とは何か?といいますと、ズバリ、「心を解放して、自由になること」といえます。少なくとも私は、そのように感じています。

で、具体的な瞑想の実践は「ナチュラルに気づきながら、あるがまま・いまここ」となります。

この実践が及ぶ領域は、顕在意識、潜在意識、超意識のレベルで異なってまいります。

意識レベル 心が解放される 自由になる
顕在意識 ・幼少期に受けた傷痕の解放
・インナーチャイルドの解放
・トラウマの解放
・シャドーの解放
・抑圧の解放
・邪な欲の解放
・激しい怒りの解放
・生き生きとしてくる
・明晰性、洞察力
・本来の自己が自然に顕現
・ほっこり・あたたかさ・ゆるっと
・幸福感、安定感、充実感
・自己をゆるす、自己肯定感
・ポジティブなフィーリング
潜在意識 ・とらわれの解放
・固定概念の解放
・無自覚な束縛からの解放
・霊性のフィーリング
・善性のフィーリング
・生命本来の有り様を自覚
超意識 ・自我の解放 ・高次意識
・真我体験(本当の自分に開ける)
・覚醒体験
・悟り・解脱

真我がわかるようになる

上記のモデルは一例になりますが、顕在意識、潜在意識における認知とエネルギーを浄化し、超意識へと進んでまいります。

まず真我開眼を目指しています。別の言い方をすれば、

  • プレゼンス、いまここ、あるがまま
  • 本当の自分真我
  • 善、徳
  • サムシング・グレート(創造神)
  • スピリチュアリティ(霊性)
  • グノーシス

ということでもあって、これらに開眼する・わかるようになり、体得体現することを主としています。究極的には「悟り・解脱」を目指しています。

実践・修行における5つのポイント

より高い実践・修行におけるポイントは、

  1. 求める——【真理・真我を求める】
  2. 浄める——【認知を整える・瞑想・ヒーリング・懺悔】
  3. あるがまま——【いまここ・観察・慈悲・禅定】
  4. 感受力——【気づき・自覚力】
  5. 識別力——【善と自我を見分ける・真我への理解力】

の5つになります。この5つのポイント「4つの実践」を別の切り口からまとめた真我開眼にフォーカスした表現になります。

これら5つのポイントはこちらで詳しく説明しています。

ハイヤーセルフ(真我)に気づく5つのポイント|一瞥体験・覚醒体験を招く実践

「本当の自分」を知る

そもそも「本当の自分(真我)」とは、それぞれの文脈(宗教など)で言い方が異なりますが、ザックリいえば、ほっこり感・しあわせ(至福)とをともなった高次意識とも言えます。真のスピリチュアリティ(霊性)です。

世界中の宗教で同じことが言われています。

  • ウパニシャッド、ヨーガ・・・真我、至福(アーナンダ)
  • 仏教・・・気づき、善、徳、いまここ(プレゼンス)、あるがまま(如実知見)
  • キリスト教・・・創造主、グノーシス、神意識
  • タオ・・・一(いち)、タオ、徳
  • スピリチュアル・・・宇宙意識、根源意識、大霊、大いなる存在、サムシング・グレート

これらはすべて同じことをいっています。

真我とは何か?|ハイヤーセルフ・宇宙意識・内なる神など様々な表現を解説

自我を超える霊性(スピリチュアリティ)

「本当の自分(真我)」をはばむ意識感覚に「自我」があります。

けれども瞑想が適切に進んでいくと、心が澄んで軽くなり、エネルギーも高まり、粒子の細かい明るい波動を発するようになります。

また自己のはからい(自我・私)を超えて意識が広がっていくようになります。創造主・サムシンググレートを感じたり、霊性・スピリチュアリティが出てくるようにもなります。

霊性(スピリチュアリティ)とは何か|瞑想実践に欠かせない感受性・善性・正見

自我を超える祈り・ハート瞑想

自我を超える・広がる、神を感じるということは、祈り・ハート(慈悲)が強くなるという言い方もできます。で、これは霊性(スピリチュアリティ)だったりします。

「瞑想」と「祈り・慈悲」は表裏一体です。

このことは、瞑想実習をしていくとわかるようになります。「祈り・慈悲」は大切なエッセンスであり、必須にもになります。

何故、ハート瞑想(祈り、慈悲の瞑想)が大切なのかということは、こちらの記事でくわしく解説しています。ぜひお読みいただければと思います。

祈りの効果とやり方|心をきよめ、霊性・真我に気づき、自分と周囲を明るくする実践 慈悲の瞑想のやり方|体感・イメージ・言葉で行う実践のポイント

戒律と善い認知

で、日々における善い認知(適切な言動)は、昔は「戒律」といっていました。

で、瞑想実践と密接に関係しています。といいますか、瞑想実習の成果として、言葉を超えた「戒律・善い認知」の体感が出てくるようになります。

戒律や道徳を言葉や観念で理解するのは入門・初心者向けになります。言葉の向こう側にある意味を体感体得することが欠かせなくなります。

ですので認知をよくすることは、瞑想とセットで行う必要があります。

この辺りのことは、直接お伝えする空気感の中で感じ取っていただくようにしています。

戒律の本当の話し

ちなみに昔は狂暴であったり乱暴な人が多かったため、まず言葉化された戒律や規範、道徳を教えて、かたちから入って言動を矯正するやり方を重視していました。

それくらい昔の人は、道義心や霊性を欠いていた人が多かったことが、記録にも残っています。

戒律の目指すところは、言葉を超えた体感です。ここへ導くためのシステムでもありました。

戒律や規範、道徳を文言通りに行うのは、かえってマインドを強めてしまって不自然にしてしまいますので、不適切だと感じています。

瞑想で大切な徳・善の識別&霊性

で、修行において最も大切なことは「徳」「善」を識別する感性だったりします。仏教ではこの感性を智慧(ちえ)、択法覚支(ちゃくほうかくし)、慚愧(ざんき・ヒリオパタ)といい、イグナチオは識別(霊動弁別)といっています。

この善悪、エゴ・非エゴの違いを感じ取る感性を育むことは非常に大切です。意外と瞑想の文脈では見落とされています。しかし、この識別力こそ、「霊性」「真我」に由来するものだったりします。

瞑想は、徳や善、霊性がわかる手段であって、徳や善、霊性がわかることによって「徳」「善」が身につくようになり、霊性が高まり、正しく瞑想ができるようになっていく、これが本当のことだったりします。

瞑想で徳・善の感覚がわかる|リラックスが大切な理由 瞑想とはサットバ(善性)が大切|タマス(暗愚)の瞑想が危険な理由

高次意識への開眼に欠かせない徳や善

ですので古来より、徳や善が重視されているんですね。仏教のみならず、ヨーガ、キリスト教修道院の原型となったテラペウタイ、老子の道(タオ)、すべて徳や善を重視しています。

これは倫理的な意味よりも、高次の意識に開眼するための基礎であり土台になるからです。

しかい、ここで言っている徳や善は、一般的に理解されている教科書的な道徳や規範とは異なります。

お伝えしている瞑想や実践は、徳や善がわかり、徳や善を育み身につけゆく道ともいえます。瞑想の知識や技術は二次的にもなってまいります。

瞑想・認知改善・ヒーリングの三つが揃うとき|変容が起きる仕組み

本格的でありながらお気楽

ゆるっと瞑想会では、テーラワーダ仏教(原始仏教)の瞑想坐禅スピリチュアリズムの教えを融合し、換骨奪胎してわかりやすく整理&再構築しています。

本格的で真面目、求道精神のある方々の集いになります。でも「ゆるっと瞑想会」と言っている通りでして、お気楽に、ゆるっと行っています^^

「ゆるっと」は、決してふざけた命名ではなく、適度なゆるさ・あそびこそが、霊性を育む上で大切なことを、私自身感じてきたことに由来しています。

優れたスピリチュアルも取り入れていて、お気楽にゆるっとしながら真摯に取り組んでいます。

ちなみに深い瞑想を体現したキリスト教の聖人テレジアは、いつも陽気で上機嫌だったといいます。瞑想も適切に進んでいくようになると、ゆるりとしたいい感じになっていきます。

最後に

最後に、修行においては「実践・実習」が非常に大切になります。「継続」することがもっとも大事になります。できるだけ毎日、瞑想を続けていくことですね。

瞑想を続けていくことができませんと、残念ながら成果はまったく期待できません。はい。どんなに素質・素養があっても、日々、瞑想をはじめとした実習をしませんと、伸びていきませんし、いたずらに時間が過ぎ去っていくだけになります。

瞑想が続けられない場合は、参加をご遠慮させていただく場合もあります。⇒瞑想は続けることが大切

vipassa65@gmail.com 小林紀生

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