原始仏教へのリスペクトと読み解くことの難しさ
私がリスペクトしているのは、仏教の中でも特に原始仏教です。原始仏典として伝承されています。
しかし原始仏典を読み解くことは、非常に難しく、理解するにあたってハードルが高いと感じています。
いえ単に「難しい」ではなく、極めて難しい、理解が困難なところが少なくないと感じています。
今日は、このことについてお話しをしてみたいと思います。
ただし、以下は文献的に実証できるものは少なく、ほとんどが私自身の経験や体験に基づく考察になります。そのことはご理解をしていただきたいと思います。
ブッダが説いた二つの道——霊性(真我)と無我
原始仏典には、ブッダの修行の要諦である四聖諦(ししょうたい)と、これを具体的な実践に解き明かした菩提分法(7つの道法品)が伝承されています。
で、ブッダの修行は、ウパニシャッドの梵我一如とは異なる修行よいわれていますが、長年、研鑽、考察してきますと、どうも違うような気がしています。
ブッダが説いた仏教は、大きく二つの道(軸)があると考えています。最初にまとめますと、
- 霊性・真我の道
ヨーガ。梵我一如。ブラフマンに近づこうとする。菩提分法。 - 無我の道
解脱。ブッダが発見した道。ブラフマンに完全に溶け込む。正見(如実知見)。
となります。
霊性・真我の道
一つは、霊性・真我の道(軸)です。これは端的にいえば「梵我一如(ぼんがいちにょ)」です。
インドの伝統思想には「梵我一如(ぼんがいちにょ)」という概念があります。個我(アートマン)と宇宙的絶対者(ブラフマン)が本質的に同一であるという考え方ですね。真我・霊性を深めていく歩みともいえます。
この梵我一如は、マイトリー・ウパニシャッドには六支足として登場して後、ヴァガバットギータやヨーガ・スートラにおいてヨーガとしてまとまっていきます。
ブッダの菩提分法とは、ヨーガ的であるとみなしています。この真我・霊性を深めていく歩みが第一の軸となります。
永遠不滅性・不変性を排除
けれどもこう言いますと、ブッダは「アートマンを否定した」「宇宙の根本原理&永遠不滅のブラフマンには言及していない、否定している」と思われるかもしれません。
しかしブッダは、永遠不滅性・不変性を否定していたわけでして、アートマンから永遠不滅性・不変性を排除した有り様を「善」といったり「極光浄心」といってとらえていたと推察しています。
またブラフマンから永遠不滅性・不変性を取り除いたのが「解脱」ではないかと。後代になってから登場する如来像、たとえば大日如来はどこかブラフマン的です。
大日如来は仏教的に再解釈したブラフマン
大乗仏教は、勝手に創作した・暴走したととらえる向きもありますが、どうもそうとは言えないようも思うようになっています。
大乗仏教で登場する大日如来などは、ウパニシャッドで説かれるブラフマンが有する宇宙的根源・究極的真実・個別存在を超えるといったブラフマン的な性質がありながらも、恒常的な実体ではありません。
永遠不滅性・不変性を排して、空・無我・無常・法身といった仏教的枠組みの中でブラフマンを捉え直した・再解釈したのではないかと。
それが大日如来などの大乗仏教に登場する如来。
そうしてウパニシャッドの「ブラフマン(宇宙の根本原理、根源意識)」から永遠不滅性・不変性を排除したのが「解脱」。それ故に、後世、大日如来などの概念が登場したのではないかと推察しています。
無我の道
もう一つは、ブッダが独自に発見した「無我」の軸です。有身見・疑惑・戒禁取の三結を断じて「無我」に至ることから始まる解脱の道。
これは、一瞥体験・見性体験・見神体験などの覚醒体験に見られる『意識の広大化』や『見ている者がいない』という感覚の「私はない」とは異なるでしょう。まして単なる観念ではありません。
恒常的なワンネスになるため「私」が起きようが無くなる。これが本当の意味での無我であり、解脱への実践の核心をなすものであるとみなしています。
無我が恒常的なワンネスであることは、増支部経典(三集 第五 一掬塩品 九二)を読みますと「有尋、有伺、離所生の喜楽ある初静慮を具足する」とある通りで、恒常的な初禅に居つづけることがわかります。
したがってブッダが発見した解脱と4つの解脱の段階(四双八輩、四向四果)とは、無我からスタートして、霊性・真我(善性)への深まりとともに煩悩が減衰・断滅する段階を示したもので、無我+霊性・真我(善性)への深まりこそ菩提分法で示された実践ではないかと推察しています。
つまり無我の道と霊性・真我(善性)の道のの二つが組み合わさったところに、ブッダが提唱した実践の真髄があるのではないかと。
原始仏典の成立背景——道徳と霊性が低い2500年前という時代
原始仏典が説かれたのは、今からおよそ2500年前のことです。当時のインドは、道徳的感性が欠如した人々が多く存在した時代でした。
平たく言えば、霊性が著しく欠落している人たちが相当数いたということです。
霊性が欠損していた六師外道
これを端的に示すのが、「六師外道(ろくしげどう)」と呼ばれる思想潮流。
たとえば六師外道のうちアジタ・ケーサカンバリンに代表される唯物論的立場は、「因果応報も霊的世界も存在しない。死ねば何も残らない」と説きました。
現代のノン・デュアリティ(非二元論)の一部と通じるものがあり、霊性・善性の欠落がその根底にあると私は見ています。
六師外道(ろくしげどう)~ブッダの時代にいた6人の覚者
道徳観念・霊性が乏しい時代
2500年前のインドは、ならず者が多く、道徳観念が乏しいか欠如していて、「霊性が乏しい時代」だったと推察しています。
そのため、仏典に伝承されている記述には、厳しい話しや怖い話しも少なくないのでしょう。これは当時の風潮に基づいたエピソードだと思います。
道徳観念が乏しく霊性も低かった時代背景を踏まえた上で、原始仏典と向き合う必要があると思います。
口承から文字へ——原始仏典の成立過程に潜む課題
原始仏典はもともと、詩(ガーター)、すなわちポエムの形式で口承されていました。
口承によって後世に伝える文化はインドに深く根付いており、膨大な聖典を記憶して伝承することを専門とするバラモンが存在したほどです。
日本にも同様の文化があります。有名なのは『古事記』の成立で、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた内容を、太安万侶(おおのやすまろ)が712年に文字として記録したものです。
パーリ仏典に伝わるほぼすべての内容も、元来はガーターとして口承されていました。
それがテキスト化されたのは、ブッダ入滅後およそ200〜300年が経過してからのことと考えられています。これが現在伝わるパーリ語仏典、すなわち原始仏典です。
詩への加工による省略——「悪しき裁判官は餓鬼になる」という伝承
詩の形式に整える過程で、ブッダの説法の詳細な部分が大幅に省略されました。これを端的に示す伝承の一例が「悪しき裁判官は餓鬼になる」という一節です。
説明なしにこの文言だけを読めば、誰もが戸惑うはずです。「悪しきとは一体どの程度?」と考えてしまいモヤモヤしてしまうわけです。具体性が無いか乏しい。こういうのが原始仏典には散見できる。
ブッダの教説のポイントだけを伝承
しかし仏典の成立過程を知れば、こうした短絡的な表現が生まれたからくりが見えてきます。詩として伝承する際に、前後の文脈や但し書き、状況などの細かい説明が省かれ、ひとつの断片的な言葉だけが残ってしまったのです。
ブッダの教説は膨大な量だったと思われるので、口承する際に憶えやすいように詩(ガータ)にまとめる(加工する)必要があり、そのため試験直前にポイント集のようになったり、簡素化した文言だけが残ったのでしょう。
経典を文章化したのは誰?
さらに、当時テキスト化を担えたのは一部のバラモン階層に限られていたといいます。したがってその表現能力や理解の限界も、仏典の不正確さに影響を与えていると考えられます。
さらにいえば、原始仏典を文章化した人達は、本当に解脱していたのか?という疑問もあります。
原始仏典を読んでいると、修行をしていない人が書いた可能性も考えられます。というのも、表現がマインド的(説明的)であり二元論的になっている箇所が多いからです。
瞑想実践では、進んで行くと非言語領域に入っていきます。言語ではうまく説明できない状態もあり、この状態を文章で表現する場合は、精妙な配慮と表現も必要になります。
しかし原始仏典の記述を読むと、バリバリのマインド的表現が少なくありません。
もしかすると預流果にも至っていない筆記能力のあるバラモン出身の比丘が筆記したのではないかと。
原始仏典は実践に不向きな経典
それにしても原始仏典は、尊重すべき古層の仏教資料であっても、実用的な修行指針としてそのまま用いるには、表現が簡潔すぎます。
具体性が乏しく曖昧、しかも脅し文句にも転びやすい。表現もマインド的な箇所が多く、読解するリスクも高い。読解にあたっては非常に注意をしないとなりません。
原始仏典は、実践には不向きな箇所が多々あります。
現代における仏教実践では、文言に従うよりも、自然な感性、善性、霊性、実際の心の動きに照らして読み直す必要があると思いますね。
原始仏典を金科玉条のように信奉するのは、危険な原理主義を招くリスクが高まるとも思っています。
マインド目線で書かれた仏典——その限界
原始仏典が抱えるもう一つの本質的な課題は、テキストがマインド(知的・論理的思考)の目線で書かれているという点です。
このことは上記で少し触れましたが、実践上、大事な箇所になりますので、ここではもう少し掘り下げていきます。
哲学・思想と同じ扱いをされるリスク
原始仏典は知的に理解できるように表現されているため、哲学や思想と同じ扱いもされがちです。
実際、日本の仏教は、奈良時代には論書を主体とした南都六宗が登場します。日本の仏教では、初期の段階からマインド(知的・論理的思考)的に向き合う仏教として取り組まれてきたほどです。
禁欲的な表記に注意
原始仏典は、禁欲的・規律的な記述も目立ちます。
これはパーティモッカ(波羅提木叉:出家修行者の戒律集)に由来する部分もありますが、仏典の表現様式そのものが知的に理解できるマインド的な表記となっています。
しかし実践・修行においては、こうした表記を文字通りに受け止めるのは初心や入門の段階だけにとどめないと、天然自然な霊性を損なうおそれも出てきます。
実践ではマインドを超えていく
そもそも瞑想実践では、マインドを超えていかなければ適切に進めていくことはできません。
イメージや観念を使った実践が頭打ちになるのと同様に、マインドの範囲内で行う実践は、どこかで限界に突き当たります。また実践を違えます。おかしなほうに進んでしまいます。
「欲はいけない」表記のもう一つの理由
「欲はいけない」という文言を読めば、文字通りに受け止めてしまうことも。
しかしこれは実践上、不適切です。
「欲はいけない」というのは、当時は本能に生きる人が多く、道徳観念も乏しかったため、さらには知的理解力も弱く、強欲に生きる人や欲望のおもむくままに生きる人が多かったため、それへの戒めとして強い禁止表現を取ったものと思われます。
こうした人達に向けて言ったのが「欲はいけない」でしょう。「不浄観」という瞑想があったのも、当時だからこそです。
当時は、現代人が考えている以上に動物的な本能が強く、殺伐とし、低落な人が多かった時代だったことを理解する必要があると思います。
言葉を超えた非言語領域における実践
「善くはいけない」は代表的ですが、こうした表現を文字通りに受け止めることはリスクがあります。
そもそも何度か書いていますが、瞑想実践そのものが「非言語領域の実践」になるからですね。
「非言語領域の実践」おいては、言葉を言葉通りに理解して行ってはならないことが多々あります。
たとえば「何もしない」という言葉があったとして、本当に何もしないわけではありません。
この逆説は、マインドが強い状態では理解できません。言語・説明の次元を超えて、腹落ちさせて非言語の領域に進んでいく必要があります。
ブッダの言葉「この世は美しい」——霊性と無我の文脈
ブッダは入滅の直前に「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。諸塔も楽しい。(パーリ『大般涅槃経』DN16)」と語ったことが伝えられています。煩悩を完全に滅した人がなぜそう言うのか、古くから疑問とされてきました。
「この世は美しい」なのか「ヴェーサーリーは楽しい」なのか?
ちなみにブッダが入滅前に「この世は美しい。人間のいのちは甘美である」と語ったということがネットにはあります。が、これは、パーリ『大般涅槃経』DN16の直訳ではありません。
パーリ本では「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい」と、ヴェーサーリーの地を愛惜する言葉として伝えられています。
一方、梵本系の『大般涅槃経』には「この世界は美しいものだし、人間のいのちは甘美なものだ」という趣旨の表現が伝えられています。
この表現んは中村元の紹介や、瀬戸内寂聴の著作・講話を通じて広く知られるようになったようです。
考えで答えがでないことは保留にする
「この世は美しい」なのか「ヴェーサーリーは楽しい」なのかは細かいことになりますが、煩悩を完全に根絶したブッダが「美しい」「楽しい」と言ったのは何故?という疑問が昔から言われています。
しかし、そもそも論になりますが、ブッダのような最高レベルの内面性は理解できるのでしょうか?
私にはできません。
できませんので、棚上げにしておくほうが良いと思っています。
つまり「わからない」。
わからないので、これ以上詮索しない。考えない。いくら考えてもわからない領域だと思います。
わからないことをわかろうとして、中途半端に理解して、ブッダを「虚無的」「ロボット的」「機械的な人間」にとらえるほうがリスクが高いでしょう。
霊性から外れる有り様に注意
虚無は否定的なメンタリティです。それこそ霊性から外れていきます。
ブッダが枯れ木のようなロボット人間だったとは考えにくい。原始仏典を読めば、そこには霊性が豊かな描写も伝承されています。
仏典には理解に苦しむ文言や伝承があります。で、その文言を受け止めて、否定的になったり、暗く・重たい考えになり、明るく・高揚する霊性の性質から離れ・解離してしまうほうがマズい。
暗く、重たい気持ちにさせる記述に出会ったら、「待てよ」「棚上げにしたほうがいいのでは?」と警戒して、霊性が豊かになる有り様を選択したほうが望ましいでしょう。
で、これこそ慚愧(ざんき)の感性であり、択法覚支(ちゃくほうかくし)の実践です。これを言葉で理解して実践するのではなく、善を本能的に感じる霊性に基づく実践実習ですね。
原始仏典は「聖なる書物なので絶対に正しい」という思い込みを打ち砕く、難易度の高い試験問題が原始仏典そのものに内包しているかのようです。
霊性が豊かになると生き生きとしてくる
ブッダの心象風景がどうなのかはわからなくても、ブッダの実践は「霊性の文脈」と「無我の文脈」の2軸から成り立っていることはわかります。
仏典を丁寧に読み、実践を重ね、経験と体験を積み重ねていくに従って読み解きも深まってくると思います。
霊性が深まった状態とは、枯れ木のようにロボット的・機械的になることではありません。むしろ生き生きとし、ユーモアがあり、明るく打ち解け、喜びに満ちた状態です。
仏典にも、阿羅漢や修行が進んだ者たちが「善(良い心)」を身につけ、生き生きとした徳を示す場面が多く伝承されています。
しかしマインドで「善」を解釈すると、この生き生きとした輝きが失われます。
教条的・観念的な善は、生命感の乏しい、硬直した在り方と結びつきやすくなります。
そしてその観念的な善のイメージと、マインドが描く「阿羅漢像」が合致してしまうため、多くの人がマインドの領域から脱却できなくなり、ひいては伝統や聖典にしがみつくことになってしまうことも出てくるのではないかと推察しています。
霊性の天然自然な伸び——本来の実践の軸
人間には誰もが、天然自然な霊性の趨勢を持っています。喜び、分かち合い、助け合い、愛、善を行うこと——まるで幼子が自然に示すような、その清らかな傾向が誰の内にも宿っています。
それが自然で適切な形で育まれていくこと、これが仏教の実践における大きな軸の一つだと理解しています。
ところが原始仏典の表現様式はマインド的であるため、この生き生きとした霊性の側面が感じ取られにくくなっています。
コーカーリヤの例——マインド的実践の末路
スッタニパータ第3章「大いなる章」の第10番「コーカーリヤ(Kokāliya)」の章に、示唆深い事例があります。
コーカーリヤは真剣な比丘(修行僧)でしたが、ブッダの高弟であるモッガラーナ(目連)とサーリプッタ(舎利弗)——どちらも阿羅漢、すなわち最終解脱に達した方々——に対して「あの二人はなっていない」とブッダに繰り返し訴えていました。
ブッダはそのたびに「コーカーリヤよ、そう言わないがよい。彼らはよくやっている」となだめたといいます。
なぜコーカーリヤはそう感じたのか。私の推察では、彼はマニュアル的・教条的・文言的な目線で修行を捉えていたため、霊性豊かで無為自然なモッガラーナとサーリプッタの在り方が「マニュアル通りでない」と映ったのではないでしょうか。
その後コーカーリヤは病を得て亡くなり、不幸な境涯に赴いたと伝えられています。
これはモッガラーナやサーリプッタを誹謗中傷した「罪」というよりも、マインドという狭い了見(見解)にがんじがらめに執着していたことの帰結だと推察します。
つまり何事も言葉通りに受け止め、文字通りに解釈する「原理主義」が招いた自縄自縛(じじょうじばく)であったと。
まとめ——二つの軸を統合した実践へ
原始仏典はマインド目線で書かれており、読み方を誤るとマインドの枠の中にとどまり続ける恐れがあると感じています。仏典の文言のみに従って解釈・実践しても、やがて行き詰まってしまうことも。
大切なのは原始仏典が抱える陥穽に気づき、特に霊性を損なうことなく自然に伸ばしていくことだと感じています。また経典に説かれる実践も二つの軸から改めて理解することだと思います。
- 天然自然の霊性——誰もが内に持つ喜び・愛・善性を、適切に伸ばし深めていくこと
- そしてブッダが独自に発見した「無我」の実践を、これと並行して行っていくこと
このようにすると、大乗仏教への理解も改まるのではないかと思います。原始仏典の欠陥を踏まえて修正した仏教スタイルこそ大乗仏教。
時に、それを強く諫めた法華経もありますが、もしかすると法華経の著者達は、原始仏教(原始仏典)の不適切さを踏まえていたのかもしれません。
大乗仏教における大日如来は通説には「永遠の今」という解釈もあるようです。確かに、この理解も一理あると思います。まさにウパニシャッドのブラフマンから永遠性を排した再定義なのかもしれません。
確実な文献的な証拠や実証できるものはなく、あくまで私の経験と体験に基づく考察ですが、原始仏典の成立過程を踏まえた上で、文言の向こう側にある本質を見ていく読み方は大事だと思います。
